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2012年の年末から始まった日野の家のプロジェクト、翌2013年2月に本格的に工事を開始した1カ月後、工期は折り返し地点、まだまだこれからというときに、引越しをしてしまったお施主さん。「つくりかけの家に住んでいる!? という状態」だからこそできた家の姿とは。【連載】施主も一緒に。新しい住まいのつくり方
普通、家づくりというのはハウスメーカーや工務店、リフォーム会社などのプロに施工をお任せするのが一般的です。ですが、自分で、自分の家づくりに参加してみたい人もいます。そんな人たちをサポートするのがHandiHouse。合言葉は「妄想から打ち上げまで」。デザインから工事までのすべてを自分たちの「手」で行う建築家集団です。坂田裕貴(cacco design studio)、中田裕一(中田製作所)、加藤渓一(studio PEACE sign)、荒木伸哉(サウノル製作所)、山崎大輔(DAY’S)の5人のメンバーとお施主さんがチームとなって、デザインや工事のすべての工程に参加するスタイルの家づくりを展開する。そんな「HandiHouse project」が手掛けた事例を通して、「自分の家を自分でつくること」によって、「住まい」という場所での暮らしがどういうものになるのかを紹介します。「この家族と一緒に家づくりをしたい」
日野の家の計画は普段のHandiHouse projectとは違ったかたちで始まりました。普段、設計から施工まで一貫して請け負う形態でのみ依頼を受けているのですが、このときは交流のあるリノベーションデザイン会社「フィールドガレージ」の原さんから「ハンディと合いそうなお客さんがいるから、一緒にやらない?」と声をかけていただいたことがきっかけだったのです。
「施工のみは行いません」と断ることも考えたのですが、原さんは信頼できる方だしひとまず乗ってみよう、ということで現場調査にいくことになりました。その際に、改装予定の新居の鍵を借りに以前のお宅に伺ったのが、初めて施主家族と僕らが顔を合わせた日だったと思います。以前のお宅の玄関で夫のタカさんから鍵を受け取ったのですが、タカさんの雰囲気や、玄関先でも感じることができる住まいの匂いみたいなものから、メンバー皆直感的に「この家族と家づくりしたいね」と話したのを覚えています。それが、タカさん、あーちゃん、げん、はる、とも。この5人家族との家づくりのスタートでした。
家の完成前に引越し?!設計はフィールドガレージ、施工がHandiHouse projectという体制でのスタートだったので、フィールドガレージの原さんのデザインを元に計画を進めていきました。床は無垢のパイン材にオイル仕上げ、壁はOSB合板に塗装、天井は既存を解体して塗装、コンクリートブロックのカウンターキッチンの上には亜鉛めっきの丸いレンジフード。シンプルだけれど素材感があるデザイン「さすが原さん」と言った感じです。
それを元に僕らは2013年2月からおよそ2カ月間の工事計画を出したのですが、その工程表には普通ではありえない項目がありました。
「お引越し」
工程表のちょうど真ん中。つまり工事期間中に引越しをしましょう、という計画です。一般的には家が完成してから引越しをするものですが、最終的にはこれがこの家づくりの行く末を決定づける大きなポイントとなりました。
家づくりと日々の生活が同時進行工事が始まり、引越しまでの期間に、どうにか生活できるスペースの確保とお風呂を完成させることが目標でした。
今回つくっていく家は元々診療所併設の2階建てのお宅で、延べ床面積が200m2ということもあり、2階の6畳間3部屋をつなげて、生活するための大きなワンルームに仕上げました。なんとかユニットバス設置もすませて、お引越し。
さあ新居だ! というすがすがしさではなく、玄関を入るとそこは工事現場です。1階には工具や材料が置かれていて、靴のまま2階に上がり、唯一仕上がった広めのワンルームの前で靴を脱ぐ。1階のお風呂に入るときは2階の部屋から靴を履いてお風呂まで行き、お風呂の前で服と一緒に靴も脱いでお風呂に入る。そんな生活は決して楽ではなかったはずですが、必然的に家族そろって家づくりの舞台に上がることに、というよりも“舞台に住む”ことになりました。
このころ、フィールドガレージ原さんの設計内容がおおむね施工完了していたこと、現場で僕らと施主のタカさん一家が直接話して決定して行くほうがスムーズであることなどを考慮して「あらかじめ決定していた内容は終えているから、これ以降の変更や追加、詳細の決定は任せるよ」と、原さんからバトンを受け取りました。
ここから、HandiHouse projectとタカさん、あーちゃん、げん、はる、ともの家づくりという名の“現場即興LIVE”がさらに熱を帯びることになります。
引越してきてからの家は現場でもあり、すでに住まいでもあります。朝のおはようから始まり、日中は僕たちが工事を進め、夕方からは子どもたちが帰ってきて宿題や遊びの時間、その後工事が終わるころには家族の晩御飯の準備が始まる。そんな混沌とした状況で現場はすすんでいました。
工事が終われば、その晩現場でキャンプでもするかのように、一緒にご飯を食べたりもしました。時には僕が図面を描いている横で、学校帰りの子どもたちが宿題をしていることもありました。
引越しの前も、たくさんの会話やメールのやりとりでお互いに感覚を共有しあって家づくりを進めていましたが、この段階で圧倒的にコミュニケーションの量が増え、互いの感覚への理解がどんどん深まります。
それと同時に現場での即興性も高まり、事前に想像、想定をしていなかったアイデアが出てきて、会話のなかで練られて形になっていきます。そうしてこの場でタカさん一家だからこその唯一無二の空間が出来上がっていきました。
朝、床や壁を張り終え随分と家らしくなってきた現場の玄関をあけると「おはよう、コーヒー飲む?」と、まるで自宅に帰ってきたような、むしろ起き抜けに部屋を出てリビングのテーブルに腰をかけるような、そんな穏やかな1日のスタート。その場で、今日の作業箇所を話します。「今日は階段の1段目の修繕をしようと思ってて」。すると「そういえばこのタンスはもう使わないから何かに使って良いよ」と言われ「そしたらこのタンスを加工して、階段の1段目にするのどうですか?引き出しもそのまま使えると楽しいですよね」と返す。「それ良いじゃん!決定、やろやろ」となって1段目を取り替え終わったら「ほかの段はこれだね」とタカさんが塗り始めて……。
コーヒーを飲みながらの朝の雑談から始まり、夕方には階段が劇的に変化している。そんな日々を積み重ね、あーだこーだと妄想を重ねることで、徐々に家が出来上がってきていました。
想定外の2カ月間の工事の中断がプラスにこのように即興的なやりとりによって着々と工事が進んでいたとき、想定外の出来事が起きます。僕たちがほかの現場のために、どうしても2カ月間工事を中断しなければいけなくなったのです。
タカさん一家とともに“即興ライブ”を楽しんでいたのですが、新しいアイデアや素材を得て、即興で変更しつくり上げることは、どうしても時間がかかってしまいます。生活するには不自由ないほどには家は出来上がっていたのですが、気付くと当初の引き渡し期日は過ぎていました。
ですが、良い流れで家づくりは進み、確実に5人らしい家が出来上がっているので「一件工事して終わったらまた戻ってきます」と約束をして僕らは現場から離れることになりました。これがきっかけで、この家のさらなる飛躍につながることになるとは、このときは想像もしませんでした。
別の工事を終えて、久しぶりに戻ってきた僕らの目に飛び込んできたのは、2カ月の間にさらにつくり込まれた空間でした、「なんだこりゃ」と想像を超えるレベルで。ものすごい迫力のドア、自前の帽子や道具でつくられたオリジナルの照明、廊下の床にハマった雑貨をコラージュしたオブジェ。僕らがいない間、これまであーだこーだと一緒に妄想していたものを、2カ月の間にタカさんが、思いのままに形にしていたのです。
タカさんはそのころを振り返って、こんな風に話してくれました。「これまではプロの横で真似て作業することに抵抗があったんだよ、だけどみんなを見ているうちにもっとやって良いのかもと、いない間にやっちゃえ。と思って」と、やっちゃえと思ってこんなものつくれる人もそんなにいないと思いますが、これはもう僕らにとっては最高の褒め言葉でした。「ハンディと一緒に家づくりができて、家づくりと向き合う勇気と覚悟をもらったよ」そう言ってもらったころには、タカさん一家はこの家を住みこなし、自分たちのものにしていました。
その後も僕らが工事をしたりタカさんがつくったりして、下足棚ができたり、ドアノブが東南アジア土産のオブジェに変わったり、本棚ができたり、裏口をつくったり、コタツができたり。妄想とアイデアが詰まったものが家中に増えています。
そんな家づくりを通して、僕らとタカさん一家は家族ではないし、友人というのも違うけれど、共に「家」という生活の“舞台”をつくり上げた仲間になれた気がします。成長した子どもたちとの交流も途絶えません。大晦日におじゃまして一緒に年を越して、舞台をかりて「妄想から打ち上げまで」の、アンコールを毎年やっているような感覚です。
この前もあーだこーだと盛り上がって、また工事をすることになりそうです。盛り上がってというか、もともと未完の部分なんですが。
だけど、いつまでも未完でいてほしい。失礼かもしれませんが、そんな風にも考えてしまいます。
文/坂田裕貴(cacco design studio)
●参考この記事のライター
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