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“サヴィル・ロウ(Savile Row)”
はロンドンにある超一流のテーラーが集まる通り。世界じゅうのおしゃれジェントルメンが憧れるビスポークスーツ(=オーダーメイドスーツ)の聖地的存在で、日本語の“
背広”
の語源になったとの説もあるとか……。
ここいらの名店は英国王室をはじめとする世界じゅうのセレブたちを顧客に抱えているそうで、とても誂(あつら)えられるような値段ではないのですが、僕だってジェントルメンの端くれ。せめてその雰囲気だけでも味わいたく、ロンドンに行くならぜひとも訪れたいと思っていたのでした。
サヴィル・ロウは有名ブランドの旗艦店が並ぶ大通り(リージェント・ストリート)と並行していて、ちょうど銀座の中央通りから一本入った裏通りのような、いかにも上品な風情を漂わせていました。
ヨレヨレのシャツに黒猫連れ──どう見ても場違いな僕ですが、えーい、ままよ! 勇気を振り絞ってDCブランドのお店に踏み込んだ昔の高校生のように、うつむき加減で歩を進めます。
うつむいて歩いていたから……というわけではないのですが、サヴィル・ロウの建物にはある共通した特徴があることに気がつきました。それは……
どこも地下室があるのです。
覗き込むとカッター(採寸から型紙、裁断、仮縫いを行う職人)やテーラー(縫製をする職人)たちが、仕事をしている様子が見えるようになっています。もちろんこれは店の技術力をアピールする演出で、特に花形職人のカッターは自ら美しくスーツを着こなし、洗練された手つきで誇らしげに作業していました。
カッターさんの仕事場。道具までもが美しく、うっとりと眺めました。
そしてその上のグランドフロア、日本流に言えば1階が接客を行うショールームになっています。ここはもう、思い描いていたテーラーのサロンそのものの世界!
さすがに冷やかし客には入れない雰囲気がむんむんです。店内では常連客とおぼしき紳士が仮縫いに袖を通しながら優雅に談笑していました。
「男に生まれたからには、死ぬまでに一度はあそこで談笑したい……」などと野望を胸に秘めつつ、こうしてぷらぷらとウインドウショッピングをしていたのですが、なんだかこの町、やたらとノロのウケが良いのです。
老舗テーラー「ハンツマン(HUNTSMAN)」の店先で撮影していたところ、中から出てきたのがこのチョークストライプスーツを着こなした御仁(ごじん)。見るからにベテランのスタッフのようで「撮影ヤバかったかな??」と心配になったのですが……
なんとお目当てはノロ!
「俺も撮っていい?」と、やおら携帯を取り出したかと思うと、
なんとノロの目線まで低~くしゃがみ、パシパシと撮影を始めたのでした!
続いてドレッドヘアに白シャツをキメたテーラーさん、さらに階下のアトリエからもう1人クレリックカラーの男も登場。それぞれにキメキメな男たちが、仕事そっちのけでワラワラと集まって来るではありませんか。
こうなるともうファッションとかまるで関係のない、ただの猫好きおやじの立ち話となります。お約束の“
自分ちの猫写真自慢”
から始まり、定番の検疫ネタ、「日本の村上春樹ってたしか猫好きだったよな」とか「この首輪いいじゃん」みたいなどうでもいい話で、ひとしきり盛り上がったのでした。
猫談義に花を咲かせているおっさんたちの図。妻曰く「この時ほど我が夫の皺(しわ)だらけのシャツが恥ずかしかったことはない……」とのこと。
この話には後日談がありまして、この時の写真をInstagramに上げたところ、偶然にもチョークストライプの御仁の友人がそれを見つけ、なんとその後フォローしあう仲に。サヴィル・ロウの名店など、自分には縁のない雲の上の世界かと思っていましたが、まさかこんなきっかけで交流することになるなんて……全くもってノロのおかげであります。
(宝島オンライン編集部 注 : このエピソードの一部は書籍『世界を旅するネコ』でもご紹介しています。
旅するネコ・ノロにスポットを当てたフォトエッセイ本も併せてご覧ください!)
ノロのひとこと
「ネコ好きに国境はないノダ!」
*次回は最終回! 8/6(日)更新予定です
illustration: Tomoyuki Okamoto
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■著者プロフィール
平松謙三(ひらまつ けんぞう)
1969年、岡山県生まれ。
2002年から現在まで、黒猫の「ノロ」と37カ国を旅し、世界の美しい風景とノロを写真に収め、書籍やカレンダーなどを通して発表している。
ふだんは八ヶ岳南麓の山小屋に暮らし、フリーで、グラフィックデザイン、WEBディレクションなどを行う。
趣味は自転車と薪作り。
※誌面画像、イラストの無断転載はご遠慮ください
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