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2019年10月14日(月)まで開催中の「あいちトリエンナーレ2019」。愛知県で2010年から3年ごとに開催されている、国内最大規模の現代アートの祭典は今年で4回目。企画展「表現の不自由展・その後」の展示中止問題を耳にした人も多いだろうが、それは全体の作品の中の一部。ほかにも愛知県の街中を広く使って、さまざまな現代アートを展示しているイベントだ。筆者は毎回参加しており、現代アートに詳しくなくても、気負わずに世界の新しい感性に触れられる場だと感じている。
都心部の美術館を飛び出して、名古屋市内外の街なかで作品の展示や、音楽プログラムを実施する2会場のうち1つに、名古屋の下町にある商店街が選ばれた。ここ数年、店主手づくりの祭りの開催などで話題を集め続ける、円頓寺(えんどうじ)商店街だ。四間道・円頓寺地区では10カ所でアートの展示などのプログラムが実施されている。
店主のパワーを集積してシャッターを開けた、名古屋の元気な商店街
円頓寺商店街は、名古屋駅から2km以内の距離。高層ビル群から北東へ15分ほど歩くと、精肉店が店頭でコロッケを揚げる、昔ながらの下町の風景が広がる。すぐ隣には、江戸時代からの土蔵が残る街並みの四間道(しけみち)エリアもあり、タイムトリップしたような気持ちにさせられる。この「四間道・円頓寺」地区が、今回初めて、「あいちトリエンナーレ」の会場の一つに選ばれたのだ。
昨今、全国にある商店街の多くがシャッター街と化しているように、かつて円頓寺商店街も衰退の道をたどっていた。そんな円頓寺界隈を活性化させようと、2005年には円頓寺界隈に特化した情報誌が発行され、2007年には「那古野下町衆」という有志のグループが結成された。以来、円頓寺界隈の情報発信や魅力ある新店の空き店舗への誘致など、少しずつ商店街復活に向けて取り組んできた。
そして2013年に、店主が企画した「円頓寺 秋のパリ祭」が大ヒット。このイベントでは、アーケード街に、人気フレンチのデリや花、ブロカント(古道具)などを売る屋台約80店舗が並び、アコーディオンの演奏が流れる。今年で6年目を迎えるが、年々熱が高まり、近年は歩きにくいほどの人出だ。
また、2015年には老朽化していたアーケードを改修。これは太陽光パネルを搭載し、売電で商店街の収入も得られるという優れものだ。この年、パリ最古といわれるアーケード商店街「パッサージュ・デ・パノラマ」と姉妹提携し、パリ祭は本場のお墨付きとなった。
あいちトリエンナーレの候補地になり、新理事長が芸術監督を案内四間道・円頓寺界隈が「あいちトリエンナーレ2019」の開催地に内定という第一報があったのは、2018年1月だという。前後の活動について、「喫茶、食堂、民宿。なごのや」のオーナーで、円頓寺商店街振興組合で2018年5月から理事長を務める田尾大介さんにお話を聞いた。
「僕はこれまでも、円頓寺界隈を訪れる機会がなかった人を、宿に引き込んできました。あいちトリエンナーレを含め、今取り組んでいることのすべては、これまで『商店街が盛り上がればいい』と思って行動してきたことの延長線上にあります」と話す。
「2年ほど前に、四間道・円頓寺界隈があいちトリエンナーレのまちなか会場の候補地になっているという話があり、2017年から、津田大介芸術監督や実行委員会の方が、度々下見に訪れるようになりました。僕たちは、一緒に街の見どころなどを案内して回りました」
プロジェクトチームを結成し、街とアーティストをマッチング「津田大介芸術監督は、アーケードのある商店街と、古い街並みが気に入ったと話していました」と振り返るのは、あいちトリエンナーレ実行委員会事務局の竹内波彦さんだ。
開催地に決定後すぐに、田尾さんたち円頓寺商店街界隈のメンバーは、まちなか展開のプロジェクトチーム「あいちトリエンナーレ 四間道・円頓寺地区推進チーム」を結成。
「街の中のどこにアートを展示するかを、僕らもゼロベースから考えなくてはなりません。『こういうところにこんな空きスペースがあるから使えるのでは』とこちらから提案することもあれば、逆に『このような展示をしたいから、それに合う場所はないか』というアーティストやキュレーターからの要望もありました。街とアーティストとのマッチングはかなり大変でした」
円頓寺商店街には古くから続く店も多い。「この地域の歴史も生かした展示がしたい」と考えるアーティストも多かった。
「やはり、初めてのことなので……引き受けたときはこんなに大変だとは思わなかった」と苦笑いする田尾さん。最初に話を聞いたときは、「いいじゃん!」と手放しで喜んだという。
「県内で行われる一番大きなアートイベントであり、アートで地域を盛り上げるというテーマもいい。商店街やこの地域に人が訪れるきっかけをどうつくるかは、いつでも一番の課題です。中でも“アート”という切り口は、自分たちだけでは持てないものなので、円頓寺界隈に新たな魅力を持ち込んでもらえることがうれしかったですね」
また、円頓寺界隈にはギャラリーもあり、プロジェクトチームの中には、元々アートに興味を持っているメンバーもいたという。
「視察のときから、そういったメンバーの観点をプラスして、街を紹介できたのもよかったのではないかと思います」
地域住民に理解を求める事前準備に、何より注力当初から田尾さんは、事務局側に「地元の人あってこその商店街」だと強調していた。「あいちトリエンナーレが来ることで、街の良さやあり方が変わってしまうなら、必要ないと思いました」と話す。
「田尾さんに『まず、住民の人に向けて説明会を開かないと』と言われて、初めて気付かされた。ありがたかったです」と、前出の竹内さんは言う。
プロジェクトチームからの提案を受け、2018年12月、あいちトリエンナーレ実行委員会事務局は、地域住民に向けた説明会を旧那古野小学校の体育館で実施した。津田大介芸術監督からの企画概要の説明に、約80人の住民が耳を傾けた。これは前例がないことだという。また今年4月には、ジャーナリストの池上彰氏を招き、同じ場所で事前申込者向けのプレイベントも実施している。
「あいちトリエンナーレで新しいお客さんが来たら、お店の人は喜ぶけれど、地域に住む人の反応は違いますよね。今回のことに限らず、地域の人に迷惑をかけるイベントなら意味がない。だから、事前の段取りには何より注意を払いました」と田尾さん。
説明会の実施によって、地域に住む人も「街に何が起きているかが分かっているし、変化の具合も受け入れられる範囲だと知っている」ことから、「変に日常を変えられることなく、街自体はすごくいいスタートを切ることができました」と話す。
会期中は毎週、木曜から日曜の19時から「円頓寺デイリーライブ」という音楽プログラムが実施されている。長久山円頓寺駐車場の特設ステージで、さまざまなアーティストが、アコースティックの弾き語りなどの音楽ライブを繰り広げる。
「それでも、人が集まりすぎてどこかに迷惑がかかるようなこともなく、音楽が好きな人がやって来て、いい感じに過ごしている。これなら、アートと一緒になった街づくりもいいなと思えます」と田尾さん。
商店街の中にトリエンナーレを取り込んで、一体となったおもてなし四間道・円頓寺地区の10カ所の展示やプログラムのうち「メゾンなごの808」「幸円ビル」「伊藤家住宅」の3つの見学は有料となっているが、他は無料。自由に作品を見て回りながら、名古屋市町並み保存地区である四間道や、円頓寺商店街、江川線を挟んで隣接する円頓寺本町商店街をブラブラ散策できる。勝手に自分の名前を掲示するというグゥ・ユルーの「葛宇路」(2017年)や、古いスナップ写真の人物への妄想を膨らませ、ポーズを再現したリョン・チーウォー+サラ・ウォンの「円頓寺ミーティングルーム」(2019年)など、考える前にクスッと笑ってしまうような作品もあり、肩肘を張らずに楽しめる。
円頓寺商店街・四間道界隈店舗では、「トリエンナーレチケット提示サービス」として、割引や1ドリンク付きなどのサービスを38店が実施。8店は「トリエンナーレコラボメニュー」として料理やドリンク、グッズを提供している。
また、期間中は「パートナーシップ事業」として、界隈の6つのギャラリーで展示やイベントを開催。それらの情報は、円頓寺界隈の情報誌の別冊として、1冊のパンフレットに分かりやすくまとめられている。
「商店街としては、訪れる人への対応という意味で、いつもどおりのおもてなしをしているつもりです。トリエンナーレの総合案内所である『ふれあい館えんどうじ』も商店街の中に設置していますし、店側はサービスに協賛するだけでなく、街の中にトリエンナーレを取り込んで、本体と一緒になっておもてなししている気持ちです」と田尾さん。
会期中は、四間道・円頓寺地区における拠点「なごのステーション」にあいちトリエンナーレ実行委員会事務局のスタッフも常駐する。ボランティアスタッフも多く、各店も協力的なので、訪れた人が「どこをどう回ったらいいのか?」と迷うことも少なそうだ。
店によっては、リョン・チーウォー+サラ・ウォンの作品に写真を提供したり、越後正志の「飯田洋服店」(2019年)のために古い什器を探したりするなど、アーティストの作品制作を手伝ったケースもあり、まさに、街とあいちトリエンナーレが一体となって取り組んでいる印象がある。
「円頓寺デイリーライブ」の終了後も、訪れた人が余韻に浸れるよう、夜7~8時ころからのドリンクやスイーツメニューを自主的に充実させたという店もあるという。
「デイリーライブというナイトエンターテインメントは、あいちトリエンナーレで初の試みです。愛知芸術文化センターなど別会場での展示が終わってから、こちらのライブに流れてくるお客さんもいるので、そういった人にも引き続き楽しんでもらえれば」と田尾さんは話す。
パートナーとして選ばれるような、「面白い」街づくりを最後に、全国の商店街の示唆にもなるような、日ごろからの取り組みはないかと聞いてみた。
「トリエンナーレで言えば、誘致するものではなく選んでもらうもの。商店街で何かをしたからトリエンナーレがくるのではなくて、自分たちが価値を出し合った結果、こういう広がりにつながっていくのではないでしょうか。
商店街とは、商売をしながら街をつくっていくものなので、一つ一つのお店の魅力や、サービスの良さの集合体で成り立っています。それでお客さんを満足させて、また来たいと思わせる何かがあるか、ということ。街の数だけ色々な展開があると思いますが、いつか芸術監督が下見に来たときに、『面白そうだ』と思われる街になっているかどうかです。それは自分たち商店主自身が、いかに日ごろからお客さんのことを考えているかによるのでは」
「一時的にワーッと盛り上がるのではなく、好きな人が思い思いに過ごしながら、街とアートが融合している方がいい」と話す田尾さん。そういった意味で、四間道・円頓寺界隈とあいちトリエンナーレは合っているように感じるという。
トリエンナーレの期間終了後については、「壁画やロープは街の中に残せるだろうし、“アフタートリエンナーレ”のように、今回の縁で繋がったアーティストやキュレーターのみなさんと、何かを仕掛けるのも面白そうですね」と思いを巡らせる。
「これをきっかけに、1日に一人か二人でも、この界隈をフラフラするファンが増えてくれたらいいな」とのことだ。
アートには詳しくないけれど、筆者は2010年のスタート時から、毎回あいちトリエンナーレを楽しんでいる。これまでは愛知芸術文化センターを中心に見ていたが、今回、円頓寺界隈のファンになり、街とアートが一体となった「まちなか会場」の魅力に目覚めた。あいちトリエンナーレを回る楽しみがまた増えた。
●取材協力この記事のライター
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