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宇都宮駅から車で10分、住宅街のなかに、昨年5月にオープンした民間運営の「もみじ図書館」。手掛けたのは、空間プロデュースを手掛ける「ビルススタジオ」だ。
店舗や住宅の設計業務だけでなく、「ひとクセあるけど面白い!」そんな不動産物件も紹介する同社が、なぜ自分たちで図書館をつくったのか、その狙いを伺った。
誰でも自由に使える「もみじ図書館」は街の共用部
住宅街のなか、通りかかっても見落としそうな場所に「もみじ図書館」はある。築50年の賃貸アパート1階の2部屋をぶち抜き、リノベーションされたものだ。
木枠のガラスの引き戸を開ければ、まるでお洒落なカフェ。本棚が迷路のように組まれ、籠もるような読書空間に。ゆったりソファやアンティークなチェアが置かれ、のんびり過ごせる。向こう側に小さな中庭があり、暖かくなればテラスで読書も楽しそうだ。壁の一面は黒板仕様で、ミーティングもできる。
本は主に地域住民によって寄贈されたもの。貸し出しは行っていないが、だれもが自由に入室でき、読書はもちろん、おしゃべりも飲食の持ち込みもOK。Wi-Fiもあるのでワーキングスペースとしても使える。
「地域の人がふらっと立ち寄れる“共用部”をつくりたかったんです」と、ビルススタジオ不動産企画部の中村純さん。
取材当日も、「こんな場所あるんだ~」と初めて立ち寄ったカップルや、「ちょっと卒園式の打ち合わせをしたくって」と幼稚園のお迎え帰りに過ごしていたママと子どもたちと遭遇。午後から夕方にかけては、中高生たちが勉強やゲームをしに遊びに来るそうだ。
キッチン付きで飲食店の営業許可も取っているので、貸し切りで1日だけカフェ営業や、独立前のテストキッチン、イベント開催も可能。「僕たちスタッフも、モーニングでコーヒーを淹れたり、夜の図書館営業をしていたりします」(中村さん)
「実は最初から、図書館ありき、ではなかったんです」と中村さん。
「もともと僕らは空間プロデュースが本業。さらに、普通の検索サイトなら一番にはじかれるような、古かったり、駅から遠かったりする、でも魅力的な物件をマッチングしています。ただ、リノベーションできるといってもみなさん、どうもイメージが湧かないようで、一目で良さが分かる空間を自分たちでつくってみようと考えました。そこで、倉庫として借りていた部屋と隣の空き室を合わせて、改修できないか大家さんにお願いしたのがきっかけです」
そこで、設計担当がイメージしたパースがこれ。
「ガラスの入り口、向こう側に小さい庭があって、すごくいいねって話になったんです。本当は改修して、いいなと言ってくれる人にお店を任せようと思っていたんですけど、自分たちでやってみたい! と、社内プロジェクトとなりました。どうせなら、地域の人が気軽に集まれる、のんびり過ごせるような場所がいい。そして、この場所がこの物件の価値、さらに街の価値につながればいいなと考えました。いわば社会的な”実験“です」
そこで、どんな場所がいいかと考えた結果が、「図書館」だった。「このあたりは住宅街で、たくさんの蔵書を“捨てるのもしのびないし、誰かが活用してくれるなら”と寄贈してくれる方がたくさんいました。図書館なら、ふらっと立ち寄れるし、ずっと誰かがいる必要もないので、僕たちが運営しやすいメリットもあります」
不動産や建築を身近に感じてもらう「場」としての機能もビルススタジオのスタッフが1日店主になるイベントも定期的に開催している。
例えば「夜のMET不動産部~スナック純」。中村さんが、普段の仕事のなかで、共有したい不動産や建築の小さなあれこれを、お酒を飲みながら語る場所。「不動産ってどうしても難しくて、とっつきにくい話題だったりするじゃないですか。でも、お酒を媒体にしておしゃべりすることで、興味を持ってもらったり、なにかしらの気づきを持ってもらえたらいいなって思ってはじめました」
また、ケーキ好きな男性スタッフによる、毎週水曜日のモーニングは常連さんも多いとか。「彼のつくるケーキがけっこう美味しいと評判で。その間はお店番と同時に彼は建築士の試験の勉強をしていたりします」。そのほか、女性スタッフによる「ゴジカラとしょかん」は、隔週金曜日に開催。お酒を飲みながらゆっくり読書する。明かりの灯った図書館に、会社帰りに吸い寄せられる人も。
「物件探しやリノベーションって、どうしてもある程度ニーズや条件が明確になってからの話になってしまうのですが、そんなビジネスの手前で、それぞれの好きなもの、関係性をつくるうえで、こうした場は有効だなと思っています」
自分たちの生活圏を楽しくする――それが最初の動機そもそも、もみじ図書館がある一画のすぐ近く、市役所へと抜ける「もみじ通り」は、かつては80店舗ほどの商店が軒を連ねる生活に密着した商店街だった。しかし、他の商店街の例にもれず、郊外の大型モール進出の影響で次々と閉店し、2003年には商店会が解散。シャッターが目立つ通りに。
しかし、2011年にカフェ食堂「FAR EAST KITCHEN」「dough-doughnuts」がオープンするなどし、人通りが少しずつ増加。「もみじ図書館」の試みも注目を浴び、地域活性化や街づくりの一環として媒体に取り上げられることも増えたそう。しかし、それには戸惑いも。
「正直、街づくりをしている感覚はあまりなくって(笑)。『FAR EAST KITCHEN』も、もとはといえば、ウチの代表の塩田が、自分の事務所をもみじ通りでリノベ工事をしているうちに、“美味しいランチのお店が近所にあったらいいな”と、たまたま知り合ったシェフの藤田さんに、近所に来ないか誘ったのが経緯だとか。『dough-doughnuts』の店主の石田さんも、もとは他のエリアでの出店を考えていたのに、気付けは近所に開店といった感じで(笑)。基本的には、自分たちの200m圏内で、おいしいお店が近所にあったらいいなぁがスタート地点なんです」
物件マッチングの課題も、活気を生み出すことで乗り越えたいただしネックもある。空き物件はあっても、借主を募集している物件は少ないということだ。
「大家さんの高齢化などで、人に貸すのが面倒なんですよね。『FAR EAST KITCHEN』さんのときは、これがいいなと思った空き家に手紙を投函してお願いし、『dough-doughnuts』さんのときは、名刺代わりにドーナツを持参しました。ただ、こうしたお店に人気が出て、人通りが増えてくれば、貸してくれる大家さんが増えてくるはず。その橋渡しをするのが僕たちの仕事です」
ほかにも、北欧や東欧の雑貨や洋服を扱うお店「SoPo LUCA」のオーナーさんは塩田代表の友人、身体に優しい惣菜店「ソザイソウザイ」の店主さんは「FAR EAST KITCHEN」の常連さん。人が人を呼び、ゆるやかにつながっている。ややエリアを広ければ、本格コーヒー店、パン屋さんも新しくオープン。シェアオフィスも登場している。さらにこうした環境に惹かれて、この界隈に暮らす人たちが増えるなど、街が変わりつつある。以前のようなにぎわいからは、まだまだ遠くても、だ。
「今は、長い社会実験の途中。僕たちの仕事は設計だけじゃない。気持ちのいい場所、環境づくりから関わった方がいいと思うから、あれこれやっています。やっぱり、歩いて楽しい街がいいですから。今後は、夜に食事できるスナックみたいなのができたらいいなぁって思っています」。挑戦はまだ続いている。
●取材協力この記事のライター
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