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老・病・死をタブーにしない。福島県いわき市のメディア『igoku(いごく)』の挑戦

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当記事はSUUMOジャーナルの提供記事です

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老・病・死をタブーにしない。福島県いわき市のメディア『igoku(いごく)』の挑戦

『いごく(igoku)』とは、福島県いわき市役所の地域包括ケア推進課が手掛けているメディアで、「老・病・死」をテーマに、地元のクリテイターと手を組み、フリーペーパーとウェブで情報発信している。
これが、お堅いイメージのある行政が関わっているとは思えないほど、独特で、笑えて、“エモい”のだ。
さらに、2019年グッドデザイン賞の金賞を受賞したことも大きな話題に。
「縁起でもない」と敬遠されがちなことに「マジメに不真面目」に取り組んでいるつくり手たちに、『いごく』が始まった経緯、課題の背景、今後の展開などをお伺いするべく、福島まで足を運んでみた。

地域包括ケアとは何ぞや? 一人の職員の行動から始まった取り組み

「やっぱ家で死にてぇな!」「死んでみた!」「パパ、死んだらやだよ」「認知症解放宣言」――。ドキっとするけど、重くない。どこか、クスっと笑えるタイトルが並ぶ。フリーペーパーの「紙のいごく」の特集名だ。
グラビアは「老いの魅力」なる、おじいちゃん、おばあちゃんのポートレート。なんともいえない、いい表情がとらえられていて、「福祉」「介護」から連想する、生真面目なイメージからはほど遠い誌面だ。
ウェブマガジンでも、とにかく楽しそうなおじいちゃん、おばあちゃんの様子が臨場感ある写真とコピーでレポートされている。

ウェブマガジンで各地域のつどいの場をレポート。「いごく」はいわきの方言で「うごく(動く)」の意味。「いごく」人々や取り組みに焦点を当てている(画像/ウェブマガジンより)

ウェブマガジンで各地域のつどいの場をレポート。「いごく」はいわきの方言で「うごく(動く)」の意味。「いごく」人々や取り組みに焦点を当てている(画像/ウェブマガジンより)

コンセプトは、「死や老いをタブーにしないこと」。そして「面白がること」。
「人生の“最期”をどこで、どんなふうに迎えたいか、自分が考えたり、親子で会話するきっかけになったらと思っています」と、『いごく』の発起人であるいわき市役所の職員である猪狩僚さん。

いごく編集長(と、自分で勝手にネーミングしたそう)の猪狩さん。記事方針は明確に伝えるが、「あとはクリエイターたちにお任せ」だそう (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

いごく編集長(と、自分で勝手にネーミングしたそう)の猪狩さん。記事方針は明確に伝えるが、「あとはクリエイターたちにお任せ」だそう (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そもそも『いごく』が生まれたのは、4年前、猪狩さんが新設の「地域包括ケア推進課」に配属されたことがきっかけ。「僕は福祉の領域は初めて。そもそも”地域包括ケアってなんだ?”というところからのスタートで、ミッションすらまだ定まっていない状態でした。具体的に何をすればいいのか手探りで、とりあえず医療や福祉の現場をのぞかせてもらったんです」(猪狩さん)。

そんななか、猪狩さんが衝撃を受けたのが、医療や福祉の現場スタッフによる勉強会に参加したときだった。
「みんな、仕事終わりですごく疲れているのに、自腹で参加費500円を払って参加しているんです。これにまず驚き。そして、涙ながらに“あのとき、患者さんにまた違ったアプローチをしていれば、利用者さんとそのご家族が幸せな最期を迎えられたんじゃないか”と反省している方がいて……。自分が当事者にならないと介護の現場に触れる機会がないから、多くの人は現場で働く方々の想いを知らない。『この現場の想いを、誰かが発信してもいいんじゃないかな』。それが僕のミッションだと考えたのがスタートでした」(猪狩さん)。

当事者以外に届けるなら、デザインの力が不可欠

そして、自分が望む場所で最期まで暮らせる「選択肢がある」社会にすることが、地域包括ケアの目的ではないかと考えるようになった猪狩さん。

「そのためには、まだ介護や老後、死がまだ身近にない人こそ、“何だろう”“面白そう”と思えるプロダクトや、デザインの力が必要だと思いました」
それからの猪狩さんの行動が驚きだ。
「たまたま、地元のかまぼこメーカーさんの商品“さんまのぽーぽー焼風蒲鉾”のデザインがすごく良くて、”ポスターをつくってほしい!”と押しかけました(笑)」(猪狩さん)
そのデザイナーが、現在「いごく」のメンバーの一人である高木市之助さん。最初は戸惑っていたものの、「だったら印刷も必要だ」と友人に声かけたり、「編集や書いたりできる人もいたほうがいいね」といったふうに、だんだん人が集まっていった。

「いごく」を支えるメンバーの面々。左から、郷土歴史家の江尻浩二郎さん、地域活動家として著作『新復興論』が大佛次郎論壇賞を受賞したエディターの小松理虔さん、猪狩さん、メディア全体のプロデューサーの渡邉陽一さん、いわき市の地域包括ケア推進課の瀬谷伸也さん。あの日、突然押しかけられたデザイナーの高木市之助さん、映像カメラマンの田村博之さんは残念ながらこの日は不在(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「いごく」を支えるメンバーの面々。左から、郷土歴史家の江尻浩二郎さん、地域活動家として著作『新復興論』が大佛次郎論壇賞を受賞したエディターの小松理虔さん、猪狩さん、メディア全体のプロデューサーの渡邉陽一さん、いわき市の地域包括ケア推進課の瀬谷伸也さん。あの日、突然押しかけられたデザイナーの高木市之助さん、映像カメラマンの田村博之さんは残念ながらこの日は不在(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

毎週木曜日はゆるやかな「編集会議」が。時にふざけつつ、脱線もしつつ、笑い声が絶えない。ノリはまるで男子校だ。「男ばっかりというのはちょっと問題アリだとは思っているんですけど(笑)」(猪狩さん) (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

毎週木曜日はゆるやかな「編集会議」が。時にふざけつつ、脱線もしつつ、笑い声が絶えない。ノリはまるで男子校だ。「男ばっかりというのはちょっと問題アリだとは思っているんですけど(笑)」(猪狩さん) (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

福祉の素人だからこそ書ける「ありのまま」の一人称メディア

創刊当時のことを、いごくメンバーの1人である小松理虔さんは振り返る。
「当時のメンバーで、おもしろいおじいちゃんやおばあちゃんがいると聞いたら、みんなで取材に行ってましたね。4人でカメラをかかえて、全員がインタビュアー。地元の洋品店の2階で、92歳のヨガの先生のおばあちゃんにヨガを教えてもらったり、シルバーリハビリの先生のおじいちゃんに話を聞きに行ったけど、若いころの話が面白すぎて40分たっても本題に入れなかったり。かなりカオス(笑)。でも面白かった。その驚きとか、面白かったこと、思ったことをそのまま書きました。そのうち、何を面白がるかという『いごく』のコンセプトっぽいものをメンバー全員で共有できた気がします」(小松さん)

ヨガの先生に会いにいった話は、「二ツ箭(ふたつや)と呼吸する日々」というタイトルの記事に。「この時は、まだウェブマガジンにしようとも、まだなんにも決めてなくて。とりあえず会いに行ってみた。そうしたら、とんでもなかった。そのままを小松くんに書いてもらいました」(猪狩さん)(写真提供/いごく編集部)

ヨガの先生に会いにいった話は、「二ツ箭(ふたつや)と呼吸する日々」というタイトルの記事に。「この時は、まだウェブマガジンにしようとも、まだなんにも決めてなくて。とりあえず会いに行ってみた。そうしたら、とんでもなかった。そのままを小松くんに書いてもらいました」(猪狩さん)(写真提供/いごく編集部)

いわき市シルバーリハビリ体操指導士会会長へのインタビュー「体操、中華、わたし」。「体操の話を聞きに行ったつもりが、話がホント面白くって、まったくまとめられなかった」と小松さん(写真提供/いごく編集部)

いわき市シルバーリハビリ体操指導士会会長へのインタビュー「体操、中華、わたし」。「体操の話を聞きに行ったつもりが、話がホント面白くって、まったくまとめられなかった」と小松さん(写真提供/いごく編集部)

以降も、基本的にはメンバー全員で取材に赴き、写真を撮るスタイル。一応、テーマは立てるけど、脱線してばかりいる。でも、その脱線のほうが面白いことも多い。出来上がった記事は、書き手の驚き、感動がそのまま現れる。猪狩さんいわく、私見だらけの「一人称のメディア」だ。(詳しくは、『いごく』のウェブマガジンをご覧ください!)

これは、行政が発信する媒体としては、かなり異質だ。
「チームには、誰も福祉の専門家がいないんです。 “高齢化と過疎化で大変! 協力してください”という媒体だと、もともと福祉に興味のある人しか響かない。だから、この人が面白かった、かっこよかった、この集まりがすごいことになってた!とか、素人の僕たちが感じたことをそのまま伝えたほうが、興味がない人にも届くんじゃないかと思っています」(猪狩さん)。

地元のお母さんたちが食で集う「北二区集会所」でのクリスマス会に、いごくメンバーも参加してレポート。とにかくやってみるがモットー (写真提供/いごく編集部)

地元のお母さんたちが食で集う「北二区集会所」でのクリスマス会に、いごくメンバーも参加してレポート。とにかくやってみるがモットー (写真提供/いごく編集部)

普遍的な課題だからこそ、全国から反響。グッドデザイン賞に

一番反響があったのは「認知症解放宣言」の特集。
「でも僕たちは認知症を知らない。じゃあ、僕と小松くんで介護施設に3、4日通ってみようと、一日中滞在していました。おばあちゃんやおじいちゃんとおしゃべりするだけで、特になにもしない(笑)。そこで毎回ごはんを食べたあとに音楽がかかると、いつも踊るおばあちゃんがいて。すごくいいな~と、ポスター仕様にしました。つい、認知症というと、意思疎通ができないシリアスな状況をイメージしてしまうけれど、認知症ってグラデーションなんですよね。周囲は面倒を見ようと思ってしまいがちだけど、認知症でも本人ができること、したいことを周囲にいる人間が取り上げる必要はないんじゃないか、認知症に対する偏見を外したいという想いが“認知症解放宣言”というコピーになりました。当然、”認知症はきれいごとじゃない”という意見もありましたが、興味を持ってくれる人が多く、病院や介護施設から送ってほしいという問い合わせがたくさんありました」(猪狩さん)。

長い間認識してもらいたい想いから、ポスター仕様に。今では、「紙のいごく」は、全国から”送ってほしい”と問い合わせがあり、いわき市外にも多数配布しているそう (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

長い間認識してもらいたい想いから、ポスター仕様に。今では、「紙のいごく」は、全国から”送ってほしい”と問い合わせがあり、いわき市外にも多数配布しているそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

さらに2019年度のグッドデザイン賞を受賞。応募4772件のグッドデザイン賞のうち、金賞・ファイナリスト第5位という快挙につながった。老病死という重いテーマに対し、”縁起でもない”から”前向きかも”と感じられる取り組みが評価されたのだ。

東京で行われたグッドデザイン賞の授賞式はメンバー全員でおそろいのユニクロのジャケットで。人で埋め尽くされた会場で、猪狩さんが最終プレゼンを行った(写真提供/いごく編集部)

東京で行われたグッドデザイン賞の授賞式はメンバー全員でおそろいのユニクロのジャケットで。人で埋め尽くされた会場で、猪狩さんが最終プレゼンを行った(写真提供/いごく編集部)

今回取材が行われた場所は「みんなのお勝手~いつだれキッチン」(毎週木曜日のみ営業)。寄せられた食材を、客が自分で値段を決める”投げ銭制”の食堂だ。いつだれキッチンのお母さんたちと楽しそうにおしゃべりしている猪狩さん。ここでは食も悩みもシェア(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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「先祖代々の土地を荒らさないために自分たちでは食べきれない野菜を捨ててしまうのはもったいない」ことからスタートした取り組みが、みんなが集う場所に写真提供/いごく編集部)

「先祖代々の土地を荒らさないために自分たちでは食べきれない野菜を捨ててしまうのはもったいない」ことからスタートした取り組みが、みんなが集う場所に(写真提供/いごく編集部)

野菜中心の家庭料理をビュッフェ形式で。取材日は特別に本格カレーも。これはいわき市の地域包括ケア推進課の鍛治さん作 (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

野菜中心の家庭料理をビュッフェ形式で。取材日は特別に本格カレーも。これはいわき市の地域包括ケア推進課の鍛治さん作(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

看板はいごくメンバーの高木さんがデザイン (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

看板はいごくメンバーの高木さんがデザイン(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

読者や地域を巻き込むリアルなイベントも開催

紙やウェブだけでなく、「情報発信だと頭で考えるだけだから、五感で訴えかけるリアルな体験も必要では」と考え、「いごくフェス」を開催。福祉ラップ、即興劇、葬儀屋さん協力による入棺体験会が行われるなど、型破りな活動をしている。

入棺体験の様子(写真提供/いごく編集部)

入棺体験の様子(写真提供/いごく編集部)

(写真提供/いごく編集部)

(写真提供/いごく編集部)

「いごくフェスって親子3代で参加するケースが多いんです。僕もそうですが、面と向かって自分の親に『人生の最期はどうしたいの』とかあれこれ聞くのってなかなかハードルが高いじゃないですか。でも、踊ったり、歌ったりするお祭りの高揚感の勢いで、孫から”おじいちゃんはどう思う? ”って聞いているのを子どもも一緒になって聞く。そんなきっかけになったらいいと思っています」(猪狩さん)

人と人を取り持つ。行政の強味を最大限活かす

そもそも『いごく』メディアの一番の特徴は、「行政」が行っているということ。そのメリットは大きい。
第一に、介護・医療の現場プレイヤーから「行政が自分たちの頑張りを情報発信をしている」というところに喜び、意義を感じてくれている。それが良いプレッシャーにもなっている。
第二に、「中立的」立場で、複数の企業、事業所が参画しやすいこと。民間企業の手掛けるメディアでは難しいだろう。
第三に、「役所」の立場を利用して、どこへでも誰にでも会いに行き、話を聞けること。
「確かに、役所って縦割りで、偉い人にハンコもらって通さないといけないなど、動きにくかったりもします。でも、すごく恵まれている部分も多いはずなんです」(猪狩さん)

ただし、媒体もフェスもなかなか個性的。役所ゆえに、上司の反対はなかったのだろうか?
「基本的に上司には聞いていません(笑)。当時の上司が、”どうせ反対しても猪狩はやるんだろうし、話を聞いちゃったら、こっちが板挟みになって胃が痛くなるから、報告しないでいい”というスタンスの人で(笑)、面倒なことにならなくてすみました」(猪狩さん)

さらに、現在、『いごく』のクリエイターチームは、介護施設のHPやパンフレット等の制作にも携わるなど、展開に広がりも。「福祉の現場も、自分たちでやるにはマンパワーが足りないけれど、地元のクリエイティブの力を借りることでPRがしやすくなる。いわば地産地消ですね。行政が人と人、企業と企業をつなげる、本来の役割だと思います」(猪狩さん)

医療・介護・福祉に無関係な人は誰一人いないし、高齢化に伴う諸問題は日本中のどの自治体でも抱える課題だ。つまり、どの自治体でも、”『いごく』っぽい”アプローチは可能ということ。最初は一職員の想いからスタートしたのだから。

「例えば、横断歩道でおばあちゃんがのんびり歩いている。前はそれにイライラしていたけど、”いごく”の記事を読んだことある人なら、”あのおばあちゃんのゆっくりした歩き方、かわいい”って思ってくれるかも。それだけでも、『いごく』の意味はあるのかなって思っています」(猪狩さん)

そして、この取材後、発起人だった猪狩さんが別部署へ異動することが判明。「いがりは死すとも、いごくは死なず、です」(猪狩さん)。
市役所の職員ゆえに異動はつきものだ。だからこそ、プレイヤーが変わっても、「いごく」がこれまで伝えてきたメッセージを今後、自治体として、どう維持、発展させていくか、いわき市の今後の挑戦に注目したい。

●取材協力
いわきの「いごき」を伝えるウェブマガジン 住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル

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