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赤ちゃんが泣いていると、ただでさえ心配になって抱き上げたくなりますが、「放っておくと、サイレント・ベビーになる」なんて脅されると非常に不安になりますよね。でも、この説には根拠がないと森戸先生。どうしてこんな説が広まったのでしょうか?
(photoAC)
「泣いている子を放っておくと、何も要求せず、感情表現の乏しい赤ちゃん『サイレント・ベビー』になる」という根拠のない説が、未だにまことしやかに広まっています。
この「サイレント・ベビー」というのは、じつは医学用語でさえありません。1990年発行の書籍『いま赤ちゃんが危ないサイレント・ベビーからの警告』において、著者で小児科医の柳澤慧氏は、自ら次のように書いています。
『表情が乏しく、発語も少ない静かな赤ちゃんを私は「サイレント・ベビー」と名づけましたが、このサイレント・ベビーという言葉は、医学用語でも育児用語でもありません』
つまり、「サイレント・ベビー」というのは、柳澤氏が独自に考案した言葉なのです。そして論文やデータなどの根拠は何も示されないまま、日本で「サイレント・ベビー」やうつ状態の赤ちゃんが増えているとも書かれていました。さらに、柳澤氏は根拠なしに子供にとっては母子関係が重要なので、子育ては母親(女性)が行うべきだとも主張していて、次のような記載があります。
『どうしても仕事に出なければならない環境のお母さんもいると思います。その時は赤ちゃんに謝る意味も込めて、人一倍スキンシップに専念しなければなりません。おばあちゃんで代用したり、お父さんにいつもお願いしてはなりません』
『育児のことには、人一倍神経を使わなければなりません。そうすることが、お母さんの罪滅ぼしだと思ってください。離乳食もこまめに、母乳は少しぐらい無理をしても人工栄養などに変えない努力をしなければなりません』
『(託児所などの)施設には必ずお母さんが迎えに行きます。(中略)できる限りスキンシップを保つために、だっこをしてやりましょう。赤ちゃんの抱き癖など、なにも気にする必要はありません。たまの休みの外出では、乳母車やベビーカーはやめましょう』
『オムツを夫婦同じように替えるのは感心しません。お母さんにはお母さんの替え方、お父さんにはお父さんの替え方を考えて欲しいのです。(中略)しかし、基本的にはおむつの交換はお母さんにしてもらいたいと私は考えます。お母さんの仕事だというのではなく、母親の愛情が育児には不可欠で、お母さんが替えることが赤ちゃんにとっては、結果的に幸せになるからです。』
いくら何でも女性にだけ負担を押し付けすぎですし、1990年であっても時代錯誤でしょう。何の根拠もなく母親を脅したり、育児に縛り付けるようなことを主張するのは大問題です。
この柳澤氏の偏った根拠のない私見は、その後、クチコミや育児サイトなどによって広まり、赤ちゃんが「サイレント・ベビー」になると将来的にも問題行動を起こしたり、ひきこもりになったり、集団生活になじめなくなったりするなどと、母親への脅しのように使われるようになってしまいました。
その結果、以前、「我が子がサイレント・ベビーになるのが怖くて、少しでも泣いたら抱っこして泣き止ませています」というお母さんから話を聞いたことがあります。現在も、SNSなどで「サイレント・ベビー」を検索すると、少し泣かせておくだけで心配になったり、たまたま静かなお子さんなだけでも不安になったりしている親御さんがいます。
確かに赤ちゃんは、愛着関係にある保護者などに泣く、笑う、声を上げるなどの「発信」をし、世話をしてもらったり、あやしてもらったりと「応答」してもらうことで、少しずつ育っていきます。
でも、だからといって四六時中、全て対応しなくても大丈夫です。そんなことをしたら、親だって人間ですから倒れてしまうでしょう。ありもしない「サイレント・ベビー」にならないようにと、親が無理をして倒れてしまったら、子供にもマイナスですし、本末転倒です。
以上のように「サイレント・ベビー」に根拠はないので、もしもそうなることを恐れて不安を抱えているお母さんやお父さんがいたら、大丈夫だと教えてあげてくださいね。
この記事の執筆者 小児科専門医森戸やすみ 先生 東京生まれ。小児科専門医。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都谷中のどうかん山こどもクリニック院長。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本の発表に意欲的に取り組んでいる。『子育てはだいたいで大丈夫 小児科医ママが今伝えたいこと! 』(内外出版社)、『祖父母手帳』(日本文芸社)など著書、監修多数。■どうかん山こどもクリニックHP■Twitter(編集協力:大西まお)
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