更新日:2018年2月22日 / 公開日:2017年9月2日
日本を代表する映画監督と言えば誰か。
これを世界中の映画人たちに聞くと、挙がってくる名前は、小津安二郎、黒澤明、溝口健二がその筆頭になるでしょう。今であれば、カンヌ国際映画祭の常連となった是枝裕和監督の名前も上がるかもしれません。
もちろんこの中で、その名が最も知られているのは黒澤明監督だと思いますが、近年もうひとりのクロサワがヨーロッパを中心に評価を上げています。
それが黒沢清監督です。
直近では『岸辺の旅』で、世界最高の映画祭であるカンヌ国際映画祭のある視点部門で監督賞を受賞しています。
今回ご紹介する作品は、もはや世界の名匠となった黒沢清監督の最新作『散歩する侵略者』です。
本作は、劇団イキウメの舞台「散歩する侵略者」を黒沢清監督が映画化したものです。
地球人に憑依した宇宙人が地球を侵略する、いわゆる侵略SF的展開なのですが、ハリウッドを中心に描かれてきた、よくある宇宙人による侵略映画とは一線を画しています。
まず何が違うのかというと、この宇宙人は地球人の持つ概念を奪うのです。
たとえば「家族」や「仕事」といった地球人の持つ概念を宇宙人たちは知りません。
そこで侵略する準備段階として、彼らは地球人に憑依して何食わぬ顔で街を練り歩き、知り合った地球人たちから彼らにとって未知である地球人の概念を奪っていくのです。
この設定は非常にユニークで魅力的なのですが、本作からただならぬ批評性を感じるのは、概念を奪われた地球人たちが案外幸せそうにしていることでしょう。
つまり本作は、我々が持つ概念を通じた"あるべき論"に縛られた現代人たちの苦悩を、概念を奪う宇宙人の存在を通じて描いているのです。
また、よくありがちな地球人同士が連帯して侵略する宇宙人と対決する展開ではなく、気がつけば宇宙人側に徐々にシンパシーを感じていく地球人たちを描いたバディムービー的視点が軸になっていることも、この映画に批評性を与えています。
よくあるハリウッドの侵略映画であれば、大統領が戦闘機に乗って宇宙船とドッグファイトを繰り広げたり、宇宙人との全面対決を地球防衛の視点で描くのですが、本作では、小さな不満や不都合を抱えた自分勝手な現代の地球人たちを背景に、宇宙人による地球侵略そのものに同意するわけではないけれどどこか諦観とともに共感すらもって受け入れていく人間たちの姿を描くことで、現代批評の側面を感じさせるのです。
そしてもうひとつ、本作が何より我々の心に響くのは、人間にとって最も重要な「ある概念」をめぐる物語でもあることでしょう。
それこそが一見、冷笑的に見えるこの物語に一縷の希望と血の通った温度を与えているのです。
これらの独特な切り口により、本作を特定ジャンルの映画であると定義づけることはできません。
これまでホラーやサスペンスといったジャンルを人間ドラマにリプレイスして描いてきた黒沢清監督が撮ったというのも、非常に面白いアプローチだと言えます。
世界の黒沢清監督の新しい挑戦を詰め込んだ本作は、その哲学的な設定によって混沌としながらも、愛する人との人生を見つめなおす一本となるはずです。
是非、劇場でご覧ください。
作品名:『散歩する侵略者』
公開表記:9月9日(土)全国ロードショー
配給:松竹/日活
コピーライト:(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
この記事のライター
新着