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同じ地域に住む人同士のつながりが希薄になったといわれる現代。特に都市部では、親密なご近所づきあいが失われつつあります。そんななか、古き良き時代の地域交流を取り戻そうと試みるコミュニティ賃貸住宅が、東京の下町に誕生しました。
大家さんの想いが入居者コミュニティを生む原動力に東武伊勢崎・大師線の大師前駅から徒歩8分、閑静な住宅街の一角にある「PARCO CASA」。今年2月、地元で長く愛されてきた銭湯「たちばな湯」の跡地に誕生した、6棟11室の賃貸住宅です。”コミュニティ賃貸住宅”をコンセプトに掲げ、各棟に暮らす住民同士の交流、さらには地域とのつながりを大事にしているとのこと。
ただ、こちらの賃貸住宅、普通の賃貸にはないような特徴があるんです。それは、通常、賃貸に入居する際に実施する審査をクリアしたとしても、入居が断られることがあるということ。はたしてどんな物件なのでしょうか?
去る4月の日曜、入居者同士の交流を兼ねたバーベキューが開催されるとのことで、現地に足を運んでみました。
あいにくの雨模様のなか、午前10時の開始直後から半数近くの入居者が参加されていました。こうしたイベントは今回が初めてとのことでしたが、すでにみなさん打ち解けたムード。コミュニティ賃貸の名の元に集まってきた人たちだけあって、積極的に交流しようという意識が見られます。
ちなみに今回のバーベキューの発起人は大家の田口昌宏さん、順功さん、宗孝さん。「たちばな湯」で生まれ育った三兄弟で、共同オーナーとして運営および住民同士の交流支援を行っています。
しかし、なぜ大家自らコミュニティづくりを仕掛けているのでしょうか? 長男の昌宏さんに伺いました。
「自分たちが祖父の代から続く銭湯で育ったこともあって、地域の人にすごく可愛がってもらいながら成長してきました。年を重ねてみて、その経験は何物にも代えがたい貴重なものだったと改めて感じます。その銭湯の跡地に賃貸住宅をつくろうと決めたときも、入居者の方々にも自分たちが育ってきた地域コミュニティの良さを知ってもらいたいという想いが強くて。『PARCO CASA』にはそんな理念に共感し、地域の一員としてコミュニティを支えてくれる人に住んでもらいたい、そんな願いが生まれました」(昌宏さん、以下同)
田口さんがここまで地域交流にこだわるのには理由があるようです。
「5年前、私自身が近所のつながりによって救われた経験があるんです。当時、銭湯がまだ営業していたころに倉庫で火災が起こったことがありました。私はすぐ近くに住んでいたのですが、朝4時くらいにご近所の方に知らせてもらって、気づくことができました。消防車が到着するまでの間も、近隣に住む方々が何かできないかと、消火栓を探してくれたり消火活動を助けてくれて。今でも本当に感謝しています。なぜそこまでしてくれたのかなと考えたとき、日ごろからしっかり交流をしていたからかなと思ったんです。コミュニティの大切さを強く実感した、忘れられない出来事ですね」
15年前から、200世帯が所属する町会の青少年部長を務めておられる昌宏さん。その活動を通じて築いたコミュニティを「PARCO CASA」の住民たちにシェアすることで、地域との接点を生み出そうとしています。
「私たちが住むエリアには古くから住み続けている人が多く、外から来る人はすぐに馴染めないこともあります。お互い早く打ち解けるためにも、新旧の住人が交流できる行事は大切にしていきたいですね。コミュニティづくりってそんなに難しいものではなく、結局はどれだけ接点をつくれるかだと思います。
そのためにも会話の機会が生まれるイベントは欠かしたくない。今後は子どもたちが楽しめるようなイベントをもっと企画していきたいです。子どもが行きたがれば親も一緒に参加してくれるので地域に人が集まるようになる。そうすると楽しさも3倍、4倍になると思うんです。にぎやかで笑い声が絶えないような町会にしていきたいですね」
なお、入居希望者には”西新井に住む皆さんと交流してほしい””地域で子育てを見守っていきたい”というメッセージを記したリーフレットを内見の前に送付。そこには、「オーナーの想い」「街のこと」「管理会社の想い」がそれぞれ記されています。このリーフレットの作成を提案したのは、管理を請け負うハウスメイトパートナーズの伊部尚子さん。
「入居者と地域との交流を目指す大家さんの想いを、物件を検討する前にあらかじめ知ってもらい、共感が得られる人に長く住んでもらいたいという意図があり、リーフレットの作成を思いつきました。想いを共有できない場合は、たとえ物件を気に入ったとしても私たちの方から入居をお断りすることがあります。
通常、入居審査というと、家賃の支払い能力が主ですが、『地域交流や子育てに理解がある人か否か』というように内面を問うのは稀なケースといえます。私たちの想いに共感してくださる入居者の人たちであれば、地域ともいい関係がつくれると信じてこのような取り組みにいたりました」(伊部さん、以下同)
“普通の賃貸とちょっと違う”ということに納得した人が見学に来るからか、物件決定率も7割と高いそう。
また、通常設備や間取りといった物件の企画は施工会社の担当で、今回はミサワホームが行いましたが、地元の生活や入居後の暮らしに詳しいからとハウスメイトにも協力を呼びかけともに企画するといった新しい取り組みも。
「PARCO CASA」のコンセプトのひとつである子育てしやすい環境をめざし、上下階の音が気にならないメゾネットタイプにする、暮らしやすさを考えてすべて角部屋になるよう設計、子どもが木の温もりに触れられるようにと床には無垢材を使用などといった工夫が取り入れられました。
初めての顔合わせで生まれた入居者同士の交流一方、そうした大家さんの想いを入居者の皆さんはどのように受け止めているのでしょうか。バーベキューに参加している方にお話を伺いました。
「愛知県から転勤で引越してきたのですが、知り合いも少なく不安もあったので、近所の人との距離が近くなりそうなこちらの物件に惹かれました。うちは私と妻、子どもの3人家族なのですが、以前住んでいたところも近所付き合いが割とあって、子どもが熱を出したときに近所の人に運んでもらったこともありました。そういう意味では、助け合うことの大切さはとても実感しているので、大家さんの考えにはとても共感しました」(Sさん)
「二人の子どもを持つ親として、やはり子どもの声がうるさくないかとかすごく気になってしまいます。でも、それを了解してくれている人が入居しているというのが分かっているので、安心感が持てるのがいいですね」(Iさん)
「最初この物件を知ったときは、ちょっと特殊な印象を持ちましたが、今日のようなイベントがあると横とのつながりができるのですごくいいなと思いました。賃貸住まいは長いですが、こういうのは初めてです。住んでいる人が知り合えるようなイベントがあるといいものですね。すぐに助け合える関係性をつくっていきたいと思います」(Kさん)
このように、大家さんの想いは入居者の皆さんにもしっかりと届いている模様。とくに子育て世帯にとっては、温かい目で子どもを見守ってもらえる安心感があるようです。
地域との接点ができれば、その土地を去り難くなるのが人情というもの。賃貸住宅というと2年刻みの更新の度に住み替えを検討するイメージですが、「PARCO CASA」の取り組みは、賃貸でも長く地域に根を下ろすという新たなライフスタイルを提示しているのかもしれません。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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