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日本のメダルラッシュで沸いた、パリオリンピック2024。実は、筆者は開会式から数日間、試合観戦にパリを訪れた。だからと言って、オリンピックの話をするつもりではなく、パリの名建築の話をしたい。パリに行ったらぜひ見たいと思っていたのが、Le Corbusier(ル・コルビュジエ)のサヴォア邸だ。
見たかったサヴォア邸、ル・コルビュジエの「近代建築の5原則」の傑作筆者は、世界遺産検定2級を持つ世界遺産好きだ。世界遺産には数々の名建築が登録されているが、同じ建築家による7カ国17の作品がまとめて登録されている、珍しい世界遺産が「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」だ。17の作品の中には、日本の「国立西洋美術館」も含まれているので、この世界遺産についてご存知の方も多いだろう。
中でも代表的な作品が、パリ郊外のポワシーにある「サヴォア邸」だ。ル・コルビュジエは「新しい建築の5原則(ピロティ、自由な立面(ファサード)、水平連続窓、自由な平面、屋上庭園)」を提唱するなど、先駆的で新しい建築理論を生み出した建築家だが、この理念を体現した最高傑作が「サヴォア邸」と言われているからだ。
さて、サヴォア邸を見学するために、あらかじめ東京からインターネットで入館チケット(9€/2024年7月時点)を購入していた。これは時間予約ではなく、1年間有効で開館中ならいつでも見学できるもの。
サヴォア邸最寄り駅の「ポワシー」(以下、掲載した写真の撮影はすべて筆者)
サヴォア邸に行くには、パリ市内からRER(イル・ド・フランス地域圏急行)A線の終着駅のひとつ「ポワシー (Poissy)」 まで行く。実は途中で列車が止まってしまい、車内アナウンスで乗客が全員降りた。アナウンスはフランス語だったので、よく分からず不安になったが、駅で英語のできる人に聞いたら、不審物があるために確認をしているという。問題がなかったようで、みなが再び列車に乗り込んで、無事にポワシーに到着した。どうやら開会式を控えて、テロ対策が強化されていたためのようだ。
ポワシーからはバスに乗ってVilla Savoye停留所で降りて、少し歩くとサヴォア邸の看板が出ている。いよいよ念願のサヴォア邸とご対面だ。
サヴォア邸の看板
さて、サヴォア邸は、ル・コルビュジエ(本名:シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ)と従兄弟のピエール・ジャンヌレが手掛けた、保険仲介会社を経営するウージェニーとピエール・サヴォア夫妻の週末別荘だ。装飾を廃した幾何学的な形状で、ガラスや鉄筋コンクリートを用い、近代建築の本質を実現化したもの。
広い敷地を歩いて、ようやく姿を見せたサヴォア邸。まずは、四方をぐるりと回って、外観を見た。それぞれに異なる印象を見せるが、反対側(北西)に位置する主要玄関から見るのが、一番ピロティや連続窓が分かりやすい。
道路から敷地に入り、正面となる「南東のファサード」(下記図面上の②)
正面から左に回って側面となる南西側の外観には、開口部から屋上庭園の一部が見える
正面と反対側の主要玄関となる「北西のファサード」。こちらが入り口だ(下記図面上の①)
近代建築の5原則はどのように具現化されている?まず、四方から見て分かるのは、「自由な立面(ファサード)」だ。北西のファサードでよく分かる、「ピロティ」とは、地上部分の空間を開放するために、構造を鉄筋コンクリートの柱で支える手法。ピロティによって、サヴォア邸では、建物の地上部分を自動車で通ってガレージ(下記図面上の⑨)に収めることができる。また、居住空間となる2階部分の「水平連続窓」は、ファサード上に途切れることなく連なり、どの部屋からも外の景色を見られる開放感が得られる。
では、中に入って見学することにしよう。
入り口で目を引く円形のガラスの壁。らせん階段やエントランスホールが見える
さて、主要玄関は曲面のガラス張りの壁にあり、内側にエントランスホール(下記図面上の③)がある。ここから入館して受付を済ませると、日本語の音声ガイドと資料がもらえた。
地上階の間取り(サヴォア邸の資料より転載)
間取り図を参照して、地上階を見ていこう。③のエントランスホールは、ガラスの壁からの日差しでとても明るい。左手にあるらせん階段(⑤)は、使用人専用で、すばやく移動できるように地下から屋上まで続いている。隠すのではなく、美しくデザインされているのが特徴。
地上階のらせん階段。右奥の扉は使用人専用の出入り口
らせん階段の奥に、シンクがあり衛生面の配慮もされている。⑥使用人の寝室2室、⑦ランドリールーム、⑧運転手の住居などは、その多くが事務室用に使われていた。
シンク側かららせん階段や玄関を見る。左はスロープの壁
当時、使用人の部屋は屋根裏など高層部に設けられるのが伝統的な社会規範だが、地上階に設けているのはかなり先進的な間取りだ。
1階(日本の2階)の間取り(サヴォア邸の資料より転載)
地上階(左側)から右側の1階(日本の2階)へと移動するスロープ(④)
家族や招待客などは、スロープによって1階(日本の2階)に上がる。その間は、開口部からの光や視界の変化などを楽しむことができる。1階に上がってすぐに広さ86平方メートルのリビング(⑩)がある。広いリビングの最大の特徴は、テラスに面した大きな窓だ。屋上庭園がのぞめるので、広いリビングがさらに広く感じる。
広いリビング。ピンク色の壁付近がリビング、青い壁付近がダイニングとして使われていたという
リビングの横はキッチン(⑪)。パントリーを抜けるとタイル張りの調理場がある。機能的で衛生的なだけでなく、連続窓から外が見えて明るく開放的でもある。
調理場
居室部分は、ゲストルーム(⑫)、息子の部屋(⑬)、夫婦のマスターベッドルーム(⑮)など。圧巻は60平方メートルのマスターベッドルームで、オリエンタルテイストの浴室が強く印象に残る。
ゲストルーム。収納の裏側はトイレ・洗面が収められている
息子の部屋。ゲストルームと息子の部屋の間に、両方の部屋からアクセスできる浴室がある
マスターベッドルームの浴室はオリエンタルテイスト
ベッドルーム側から見る浴室(右)とホール(左)
ベッドルーム部分。奥の青い壁の部屋はブドワール(小さなサロンまたは書斎)
2階(日本の3階)の間取り(サヴォア邸の資料より転載)
実はらせん階段だけでなく、スロープも屋上までつながっている。ル・コルビュジエは「建築的プロムナード」と言ったそうだが、視点を変えながら散策するかのような行程は、変化に富んでいる。1階のスロープから屋外の庭園(⑰)に出ると、2階に上がるスロープがある。この庭園には、⑯の部屋から出ることもできる。
1階の青い壁の部屋を出ると、そこは屋上庭園。奥がリビングの大きな窓。左側の開口部が南西側の外観で庭園を見せていた。右側に2階に上がるスロープ
スロープで2階まで上がるとソラリウム(⑱)がある。「半球型の防風壁は、大西洋横断船の煙突を、スロープの安全柵は船の手すりを連想させる建築様式」だという。スロープの先の壁に穴が開いており、セーヌ渓谷を見渡せる額のような役割を果たしている。
ル・コルビュジエ以前の建物は、石やレンガを堅牢に積み上げるものだったので、設計上の制約が多く、窓は小さくしかできなかった。ル・コルビュジエが考案した「メゾン・ドミノ」(床面とその内部に設置した柱で建物を支える仕組み)によって、鉄筋コンクリートの本来の利点を活かした自由な設計が可能になった。また、それが発展して「近代建築の5原則」に至る。
その近代建築の5原則を見事に実現させたサヴォア邸は、広大な敷地にぽつんと宙に浮いたように立つ白い箱のように見えた。ただ、中に入ってみると、巨大な天窓のような役割も果たす屋上庭園や連続窓からのたっぷりとした日射し、大小自由に組み合わされた居住空間、機能的で変化に富む動線など、綿密に計算されていることがよく分かるものだった。
ちなみに、広い敷地内には「庭師の住居」があり、世界遺産の対象にもなっている。こちらは改修中のため足場がかかっている状態で、見学することはできなかった。
※パリ市内のル・コルビュジエの作品はほかにもあり、海外レポート(2)として「スイスとブラジルの学生会館」を紹介している。
●関連サイト
サヴォア邸公式サイト
注)外国語の固有名詞を日本語にする際にはさまざまな表記があるが、多く使用されている表記を使っている。
住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナルこの記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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