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岩手県矢巾(やはば)町は、県都盛岡市の南側に隣接する人口約2万5700人の小さな町。小さいといえども盛岡市のベッドタウンとして、また岩手医科大学の矢巾キャンパスの学生や教職員が暮らす町として、人口が増加傾向であるという。
この矢巾町で不動産業を営むマネジメント・ワン不動産の星麻希さんは、地方ではまだ珍しい入居者が壁紙などを選ぶことができる「カスタマイズ賃貸」に取り組んでいる。
「壁紙を選べる賃貸住宅」に感銘を受け、自社で賃貸住宅を建設
SUUMOジャーナルで以前紹介した、壁紙を選べる賃貸住宅「ロイヤルアネックス」(東京都豊島区)が一躍人気を得て「カスタマイズ賃貸」が知られるようになった。
このロイヤルアネックスをつくった青木純さんの著書『大家も住人もしあわせになる賃貸住宅のつくり方』(学研パブリッシング)を、星さんが読んで感銘を受けたことがきっかけだったという。
「矢巾町には医大があることで、地主さんが学生や教職員向けの賃貸住宅を建設・経営しています。当社では、それら賃貸住宅の管理仲介業をやっていますが、築古になってくるとどうしても空き部屋は埋まりづらくなります。地主さん・大家さんのお手伝いをしている立場からすると悩みのタネでした」と星さん。そんなときに巡り会ったのが、青木さんの著書だった。
東京での不動産業界イベントに出かけた際、講演する青木さんの生の声を聞いて「カスタマイズ賃貸」への関心はより高まったという。会場で青木さんと名刺交換し、改めて豊島区の「ロイヤルアネックス」を案内してもらう機会を得た。
「築30年近くの賃貸マンションが、カラフルな壁紙を選べるというシカケをしたことで、とびきり楽しそうな空間に変化を遂げていることに衝撃を受けました」(星さん)。空き部屋が多くなっていた物件が、入居待ちのウェイティングリストができるほどの人気を得ていることを聞いて、コレだ!と思ったという。
ところが、矢巾の地主さん・大家さんに壁紙やカスタマイズ賃貸の話をしても反応はイマイチだった。「それって、東京で人気があるってことでしょう。田舎の矢巾では……」と、乗り気にはなってくれなかったという。
星さんは、そんなことはないと思うものの、根拠を示さないとなかなか理解されないことを痛感した。そこで、一念発起し、自社で土地から購入し賃貸住宅を建設して「カスタマイズ賃貸」に乗り出すことにした。マネジメント・ワン不動産は賃貸の管理仲介を中心に行っているのだが、自ら大家となって、「壁紙が選べる賃貸」を示すことで矢巾の町に新しい賃貸住宅の風を吹かせようと考えたのだ。
星さんは、「ヒカリハイツ」と名付けた自社の賃貸住宅の建築過程をつづるブログを立ち上げ、「自分色を楽しむことができる」賃貸住宅を矢巾でつくることをアピールした。
そして、2014年6月に物件が完成した。星さんはもともと住宅メーカーに勤めており、お客様のマイホームづくりのお手伝いをしていた。「ヒカリハイツ」を自ら建てるに当たって、「賃貸住宅に暮らす人にも、壁紙を選ぶということでそんなワクワクする思いを共有してもらいたいと思いました」と話す。
「壁紙ひとつで、そんなに生活が変わる? って思うでしょうが、そんなことはありません。青木さんのロイヤルアネックスを見て感じた、自由で楽しい空間は、自分でヒカリハイツを実現したことでより実感できるようになりました」と打ち明ける。
入居者から「壁紙を選べたことは、家への愛着にもつながった」の声ヒカリハイツは40~50m2台の1LDK~2LDK、メゾネットなど6戸からなる木造2階建てのアパートだ。この日、星さんに案内してもらったのは、ヒカリハイツの2階に暮らす新婚のNさんご夫妻(30歳代)のお宅だ。Nさん宅の家賃は6万2000円で、この地域の新築物件の賃料と同等だ。
昨年、Nさんの夫が山形から盛岡市へ転勤になったことを機に結婚を決め、新居としてヒカリハイツを選んだのだという。盛岡市内の都会よりものんびりしたところを希望し、矢巾町で住まいを探し始めた。3~4件の内見を行ったが、Nさんがヒカリハイツのこの部屋を見て気に入ったのだ。「キッチンのガラスタイルが赤や黄の鮮やかな色合いでオシャレだなと思いました」(Nさん)と最初の印象を話してくれた。夫は「それまで見学した物件と違って、妻の表情がパッと明るく変わったので、ここに決めなきゃならないなと覚悟しました」と笑う。
壁紙は、リビングと寝室、それから書斎と3つの壁面でそれぞれ選べた。従前の入居者が選んでいた壁紙については、手持ちの家具の色とは合わないと感じた。そこで約5000種から選べる壁紙のカタログを見て、インテリアコーディネーターの資格をもつNさんは、二人の家具との兼ね合いも考えて、手際よく候補を絞り込んで決めたという。
選んだ壁紙は、注文して職人に施工してもらうが、この費用は貸し主負担で期間は2週間くらいかかるという。Nさんは「壁紙を選べたことは、家への愛着にもつながりました」と話してくれた。
地方でもカスタマイズ賃貸の手応えを感じた星さんは、インテリアコーディネーターでもあり「入居者の壁紙や内装選びのアドバイスをします。大家としては、そうした会話を通して入居される方がどんな人なのか、どんな暮らしを望んでいるのか、そのパーソナリティにも触れられ、その後のコミュニケーションにも役立ちます」と話す。また「いまは、東京でも地方でもインテリアや住まいへの感度や関心は変わらないと思います。それは生活を楽しむ、人生を豊かにしたいという思いは変わらないから」と説明する。
マネジメント・ワン不動産では、ヒカリハイツに続いて昨年、JR東北本線・矢巾駅の近くに「カスタマイズ賃貸」の第2弾「ハロープレイス」(木造2階建て、2棟、12戸)を同じく自社物件として建設した。いずれも、壁紙を選べることが功を奏して順調に入居者が決まった。また2つの賃貸住宅の入居者の合同歓迎会を催し、住人だけでなくご近所の人たちとの交流の機会ももった。
星さんは2つのプロジェクトを通して、矢巾町においてもカスタマイズ賃貸の手応えを感じたという。矢巾町には、岩手医科大学キャンパスに隣接して新たな附属病院建設の動きもあり、これからも賃貸住宅需要が見込まれる。こうした機会に「地元の地主さんにも、カスタマイズ賃貸の魅力を伝えて実現に結びつけられたら」と思いを語ってくれた。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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