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自分、あるいは家族が一定の年齢になると、老後の暮らしについて具体的に考えるようになる人も多いのではないでしょうか。内閣府の調査によれば、30年前に比べ、65歳以上のシニアで一人暮らしをしている人が7倍に増える一方、子どもと同居している人は4分の1に減少し、家族の形も様変わりしつつあります。シニア世代の新しい暮らしかたについて、取材をもとに考えました。
管理をしない 高齢者向けシェアハウス「銀木犀(ぎんもくせい)」
株式会社シルバーウッドは、サービス付き高齢者向け住宅を、「銀木犀」の名前で関東各地に展開しています。今回伺ったのは昨年12月に開業した「銀木犀<浦安>」。静かな住宅地にある緑道のそばに位置し、溶け込むように豊かな緑のエントランスが広がります。
シルバーウッド代表取締役の下河原忠道さんに、銀木犀の基本的な考え方についてお伺いしたところ、「銀木犀は国土交通省及び厚生労働省の共同管轄下にある賃貸住宅です。店子と大家の関係なので、入居者を管理することはありません。散歩を『徘徊だ』と決めつけませんから、近所のスーパーや、映画に行くのも自由です。ここは『高齢者向けのシェアハウス』なんです」と答えてくださいました。
銀木犀浦安に入居できるのは、65歳以上で、要介護認定を受けているかたが中心。基本的には自宅に住み続けられるのならそれがベストで、自発的に入居してほしいと考えているとのこと。下河原さんは「人は自由にやりたいことをやるのがいちばんだと思っています。個人がそれぞれ持っている個性が生きるような選択肢が、増えればいいですね」と話してくださいました。
いろんな世代の人が集まる小さな町のような住宅づくり銀木犀は、地域に根ざすことも重視しています。玄関が解放されているので、だれでも自由に出入りが可能。取材時にも、子ども連れのお母さんたちが、会話に花を咲かせていました。放課後になると近所の子どもたちがやってきて、お年寄りと遊んだり、宿題をしたりします。そのうちに、集まってきた小学生に、ボランティアで勉強を教えたいという大学生があらわれました。地域のいろいろな人が集まり、共生するという銀木犀の目的のひとつが、こうしてかないつつあります。
先日は地域の人を集めて「銀木犀まつり」を行い、大盛況だったとのこと。スーパーボールすくいやわたあめなどのコーナーを準備し、入居者がスタッフになってお客さんを迎えました。普段もダンスなどいろいろな講座の企画があり、書道や裁縫が得意な人がいたら、その教室を開いてもらうこともあります。開放的なスペースは、そのためにも役立ちます。
「浦安は子どもの数が多いのですが、核家族がほとんどで、認知症のお年寄りにふれたことのある子どもは少数です。ここに来ることで、認知症がどんなものなのかを知ってもらえたら」というのが下河原さんの願いでもあります。
銀木犀<浦安>の内装は木目を基調にしており、スタイリッシュで、大変きれいです。やわらかな雰囲気の装飾品、こだわりの感じられる質のよい食器類、そして開放的な大きな窓。忙しかった人生に「ていねいな暮らし」を取り戻すための工夫にも感じられます。
居室のドア脇に掲げられたネームプレート(表札)は布に刺繍が施されたもので、施設全体のやわらかな雰囲気とマッチしています。18.15~25.07m2の居室は広いとはいえませんが、移動が大変な高齢者には、かえって暮らしやすそうです。部屋にはトイレはありますが、お風呂だけは介助の必要な人もいることがあり、共用です。
玄関脇のスペースには小さなキッチンがあり、料理教室を開くこともできます。シニアが主体的に動くためのさまざまな仕掛けが、あちらこちらに施されているのです。
「より多様化する暮らしの中で、先に行くべき道をつくりたい」銀木犀の名物は、それぞれの住宅に併設されている駄菓子屋さん。銀木犀浦安でも、入り口に「だがし」ののぼりが揺れていました。駄菓子屋さんの店番をする人は、どうやってきめているのでしょうか。
「やりたい人を募って担当してもらっています。入居者の方にもできれば働いてほしいと思っていて、今度新しく作る銀木犀では、それが可能な豚しゃぶ屋さんを併設します。また、新しい銀木犀では大学生やシングルマザーの入居者も受け付けます。そうすることで、より多様化する暮らしの中で、先に行くべき道のモデルがつくれると思います」(下河原さん)
下河原さんは「看取り」を重視しています。在宅療養支援診療との連携もしっかり行い、入居者のかたを最後まで看取りたいというのが、下河原さんの考えです。やわらかな口調でお話をされる下河原さんですが、笑顔の裏には強い信念が感じられました。
施設に入ると、生活がルーチン化してしまう銀木犀はシニアの新しい暮らし方の一例です。高齢者の暮らし方は、今後どのように多様化していくのでしょうか。淑徳大学総合福祉学部 社会福祉学科教授の結城康博先生にお伺いしました。
「銀木犀のようなサービスつき高齢者住宅は増えており、現在は20万戸以上あります。『施設』ではなく『家』であり、自由度が高いのがメリットです。」(結城先生)
しかし、医療施設と密に連携して、「看取り」まで行っている銀木犀とは異なり、サービス付き高齢者住宅のなかには介護施設ではないために医療との連携がなく、結局特別養護老人ホームなどに移動しなくてはならないケースも多々あるとか。
そして「なによりも『お金』が問題です。厚生年金の受給者であれば、サービス付き高齢者住宅への入居は難しくありませんが、国民年金の受給者が入居するのは困難なのが実情です」結城先生は言います。
また結城先生によれば「老後は友人同士で」という話もありますが、「いくら仲が良くてもいきなり同居をしては失敗が多い」とも。
理想だけでは語れないのがシニアの暮らしの現場。病気への対応、普段飲む薬の管理など、医療サービスとしっかり連携した「終の棲家」になれるような、ワンストップのサービス付き高齢者住宅の増加が期待されるところです。若い世代は、老後の資金の蓄えについて考えつつ「助けられ上手な高齢者」になってほしいと結城先生はお話しくださいました。
核家族化や家族と離れて暮らす高齢者の増加で、暮らし方はずいぶん変わってきています。また、認知症などや病気の程度にも個人差があり、少しの介護があれば自力で生活することができる人もいます。それぞれがどのような暮らしを選択するのか、地域はどのように支えていくのか。そして、高齢者自身がその場に溶け込んで自分たちが残せるものを模索することも必要です。シニアの暮らしが多様化する昨今、いまださまざまな問題が未解決のまま残されています。それでも、本人の心持ちと周囲のサポート次第で、日々の生活を前向きで明るいものにできるのではないでしょうか。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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