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昨年、日本タウン誌・フリーペーパー大賞に輝いた『kawagoe premium』をご存じだろうか。内容、テキスト、写真、レイアウトデザインはもちろん、その紙質まで有料雑誌さながらのクオリティを誇っているフリーペーパーだ。制作しているのは、川越に古くからある株式会社櫻井印刷所。創刊に至った背景、そして、地元の会社だからこそ伝えられる街の魅力について話を伺った。
観光地・川越の「観光以外の魅力」を掘り起こす
「捨てられない会社案内をつくりたかったんです」
そう語るのは、櫻井印刷所取締役社長兼『kawagoe premium』編集長の櫻井理恵さん。大正13年に創業した櫻井印刷所は、理恵さんで4代目だ。元々は商業印刷をメインにしている印刷会社。営業活動の際に持参する自社の会社案内を刷新しようとしたことが、『kawagoe premium』創刊のきっかけだったという。
「せっかくお金をかけてつくるのに、捨てられてしまうのは悲しいじゃないですか。ならば、会社案内であると同時に読み物としても面白いコンテンツにしようと思ったんです。そのためには、印刷会社としての機能だけでなく、制作ができる体制も必要です。そこで、20年前から制作部を設けました。印刷会社でありながら、企画が立てられる、デザインができる、撮影だってできる。そこがうちの強みですし、その象徴として創刊したのが『kawagoe premium』です」
『kawagoe premium』は2015年10月に創刊。誌面のクオリティだけでなく、地元民も気づかなかった街の魅力を徹底取材で掘り起こす内容が評判を呼び、創刊号から品切れが続出。瞬く間に人気となり、冒頭の大賞受賞へとつながった。
「川越って観光客に向けたガイド本は多いんですけど、住民は見ないんですよ。観光地にわざわざ足を運ばないし、ガイド本の内容は知っていることばかりだから。じゃあ、川越に住んでいる人に向けた川越の本があったら面白いかなって思ったんです」
通常のメディアには露出しない方針のお店が、冊子を気に入り取材を受けてくれたこともある。友人の娘にモデルをお願いしたときは、「この一冊を嫁入り道具にする」と喜んでくれたそうだ。
「ことさらに地域貢献を押し出すつもりはないんです。でも、予想以上にこの冊子が地域の方々の記念となっていて、記憶・記録として残っていくのはやはりうれしいですね」
本業の傍ら、年間4冊を目標に制作するのはかなりの労力。しかも、掲載先から広告費を一切徴収していないため完全なる赤字だ。それでも、「意地でも出し続けたい」と語る。
「広告費をとらないのは、私が自由につくりたいからです。今、一番好きな時間は企画を立てているとき。ひとつの場所に長く住んでいると、そこにある文化も建物も当たり前に映ってきませんか? でも『kawagoe premium』の制作を通して街のことを深く知っていくと、すごく面白いんですよ。例えば、川越にも軽井沢みたいに乗馬体験ができるスポットがあったり、養蜂場だってあります。そういう新しい発見がたまらないんです」
号を重ねる度、川越の新たな魅力を知る今、改めて地元の魅力を再発見している櫻井さん。しかし、昔は生まれ育った川越に対し、さほどの愛着は抱いていなかったという。
「川越の風情ある街並みも、重要文化財も子どものころは特に気にも留めませんでしたし、成長してからも誇らしいとは感じていませんでした。むしろ、東京への憧れが強く、一時は地元を離れていました。でも、そうやって離れてみると、川越の豊かさ、恵まれた環境が分かってきた。農業・工業・商業・産業も盛んですし、水田や祭り、神社も残っていて。この豊かさが今でも続いているっていうのは、昔の人たちがその価値を理解し、私たちの代までつないできてくれたからだと思うんです。それって損得じゃない。だから尊いんですよね」
例えば、今では川越一番街のシンボルとなっている蔵造りの街もそう。蔵や古い建物は維持費用が高く、機能的にも建て替えたほうが便利だ。しかし、現在に至るまでそれを守り続けた結果、「蔵造りの街並み」は文化的にも観光という側面からも、川越の街になくてはならない景観となった。
「そうした街並みを存続させていくには、住む人自身が価値があると思わないと難しい。今、川越がなぜ観光地として栄えているのか? それは、先人たちがそこに価値を見出したからです。同じように、いま川越に生きる者として、次は私たちが大事に守っていかないといけないと思うんです」
なお、埼玉県民は地元に対する愛着が乏しいなどともいわれるが、川越にいたっては例外。市のデータでも「川越に住み続けたい」という定住意向が高いようだ。
「川越市民は、自分の街を誇れる人が多い印象がありますね。就職などで外に出た女性が結婚相手を連れて地元に戻ってくることも多く、定住率は高いと思います。パートナーや次世代の子どもたちとも故郷のモノ・景色を共有できるって、すごく素晴らしくないですか?」
今ある街の風景は、決して当たり前に残っているものではない。そこには、古くからその土地に住んできた住民の意思が色濃く反映されているのだ。そんな当たり前のことに、櫻井さん自身も『kawagoe premium』を通じて気づくことができたという。
自分が生まれ育った街を心から誇れる人はどれだけいるのだろうか。今はその魅力に気づかないかもしれない。だが、櫻井さんのように改めて地元を深掘りしてみることで見えてくるものもあるかもしれない。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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