/
人口減少、少子高齢化……こうした課題に立ち向かうべく、全国各地で「地方創生」のかけ声のもと、地域活性化に向けた取り組みが進められている。そんな自治体の一つである人口約3万3000人の岩手県紫波町が手がけた「オガールプロジェクト」は補助金に頼らない“稼ぐまちづくり”をコンセプトに10年前に立ち上がった、民間主導の公民連携プロジェクトだ。
もしまちづくりの甲子園があるとしたら間違いなく優勝候補の一つとなるであろう、注目のまち「オガール」とは、いったいどんなところなのか。プロジェクトの完成を記念して開催された「オガールEXPO」の様子と合わせて紹介する。
まず地域のにぎわいをつくり出す
「オガール」とは開発地区だった紫波地方の方言で「成長」を意味する「おがる」にフランス語で駅を意味する「Gare」(ガール)を掛け合わせた造語。このエリアを出発点として、紫波が持続的に成長していくようにとの願いが込められているという。
10.7ha、およそ東京ドーム約2.3個分のオガール地区には、南側にはフットボールセンターなどスポーツエリア、北側には一戸建て住宅地エリア、そしてその間のA~D街区の4ブロックには移転・新築してきた紫波町新庁舎(C街区2015年開庁)を含む公共公益施設が立地している。
2012年、同地区に建てられたのが、紫波町の情報交流館(図書館と地域交流センター)や子育て応援センター、民営の産直販売所、カフェ、居酒屋、学習塾などのテナントが入った複合施設「オガールプラザ」だ。2014年には宿泊施設とバレーボール専用体育館、テナントからなる「オガールベース」が、そして最後に、小児医療・病児保育、こどもセンター、集合住宅、テナントなどからなる「オガールセンター」が2016年11月に完成した(テナントは順次開業)。
一番初めの施設が完成してから約5年をかけて、教育、文化、医療、育児応援、農業振興、スポーツ、住まい、そして行政機能が整備され、さらにさまざまな商業テナントが入居し出来上がり、オガール地区がまちびらきした。
これらの施設を一気に建ててしまうのではなく、一つ一つ成果を確認しながら順繰りに、確実に整備していくことも、従来型の施設整備の手法とは異なる特徴だ。
「地方では、国からの多額の補助金を頼りにして大きなハコモノを一気につくりがち。これでは経営的な検証がおろそかになり、失敗してしまうケースも多い。われわれは、少しずつ施設整備を行い事業の収支に気を配るとともに、地域のにぎわいを創り出し、価値を高めてそのうえで次の計画を立ててきました」
そう話すのは、紫波町の町有地を活用したオガールプロジェクトの仕掛け人、岡崎正信さんだ。岡崎さんは、オガール地区内に立地するオガールプラザ、オガールベースなどを設立した株式会社の代表でもある。
当初、コンビニエンスストアにテナント入居を打診したが、更地だった土地を見て、どの会社からも断られた。それが図書館やマルシェが入居する「オガールプラザ」の年間約70万人を超える集客力を見て、第2期の「オガールベース」ではコンビニ各社から掌を返すようにラブコールがあったという。
岡崎さんが成果目標に設定しているのは「施設整備を行っていくなかで、不動産価値を上げること」。指標となる地価は、岩手県全域が落ち込むなか、近年は県都である盛岡市と紫波町のみが上昇しているという。オガール地区では宅地分譲も行い、紫波中央駅の東エリアを含め住宅を建設する人たちで駅周辺の人口が約600人も増加した。
ハコモノ整備と一線を画す収支計算オガールプロジェクトの秘訣は、マーケットを見極め、経営的に成り立つまちづくりにある。
「市場調査を行った上で建物の規模を決め、設計・建設することで、入居率100%でオープンできる。これからは逆算からの施設整備が求められます」(岡崎さん)
岡崎さんは東京の大学を卒業後、20代は政府系法人や建設省(現国土交通省)で地方の再開発や区画整理などの地域活性化に取り組んできた。地方都市のハコモノ整備には、国から多額の補助金を投入し、巨大な施設を建設したのに集客に失敗、赤字となっているモノがいたるところにあるという。
「従来型のまちづくりでは、国からの補助金に見合った建物の規模を決め、設計・建設する。それからテナント募集を行うものの結局埋まらず、空き室に公共施設が入居して赤字経営となっている例は数多い」。岡崎さんはそう打ち明ける。
岡崎さんが紫波町に戻ったのはいまから16年前、29歳のときだ。紫波町で建設業を営む父親が亡くなったことがきっかけになった。以来、ハコモノ事業から得た反省を胸に、補助金に頼らない、民間主導のまちづくりのあり方を探ってきた。事業収支が成り立つハコモノの建設、つまり逆算の考え方で、予想される収益に応じて建物の建築費を抑える考え方だ。身の丈にあった設計・建築方法ともいえる。その手法で造られたのが「オガール」なのだ。
建物の建設資金についても、ほとんど国の補助金には頼らず、地元の金融機関などからの借り入れで行う。オガール地区の最初の建築物である「オガールプラザ」の建築費用は、通常の公共施設と比べると破格のローコストだ。この建設費用は、投資コンサルタントが、事業計画から逆算してはじき出した数字。このコストで建てることが、採算上求められた。
林業の盛んな岩手県の地元産材を活用するという意図もあったが、コスト面から木造を選択するほかなかったという事情もある。設計を担当した建築家からは「こんな金額では、納屋しか建たないよ」という愚痴が出たほど。それが図らずも、畜産の盛んなこの地域に多くあった木造の畜舎を模した建物となった。
年間100万人が訪れる街に成長こうしたオガール地区、紫波町における公民連携のまちづくりは、日本中から注目を集めている。
地元の銀行から融資を受け、地元の建設業者に発注し、テナントもなるべく地域で集め、地域熱供給のエネルギーも地元の間伐材(立木を間引く間伐の過程で発生する木材)から生み出す。その結果、オガール地区で地域に約250人の新しい雇用を産みだした。地域でお金が循環する理想的な「地域創生」のかたちがここにある。
いまやオガール地区は、全国から行政視察なども含め年間約100万人が訪れる街にまで成長した。
全施設の完成を祝う「オガールEXPO2017」を開催2017年4月18日、オガール地区の完成を祝う式典「オガールEXPO2017」が開催された。
当日は岡崎さんをはじめ、紫波町長・熊谷泉さん、紫波町公民連携室の鎌田千市さんら実行委員会のメンバーや、東洋大学大学院客員教授でデザイン会議の座長をつとめた清水義次さん、デザインガイドラインの策定・オガールプラザの設計に当たった建築家の松永安光さん、ランドスケープデザインを担当した長谷川浩己さん、オガールセンター・オガール保育園の設計に当たった建築家の竹内昌義さん、ファイナンシャルアドバイザーをつとめた山口正洋さんなど、その実現に向けて力を注いだ関係者らが一堂に集まった。平日にもかかわらず、地元のほか全国から約280人が詰めかけ盛況だった。
シンポジウムでは、10年にわたるプロジェクトの道程での苦労話や破天荒な打ち明け話が披露される一方で、岡崎さん・オガールプロジェクトが標榜した、補助金に頼らない「稼ぐまちづくり」の重要性が何度も訴えられたのが印象的だった。
シンポジウム後のパーティーは場所をアリーナの大空間に変えて、津軽三味線や地元のシンガーソングライター、アイドルユニットらのアトラクションとともに、オガールに飲食店を構える飲食店の提供する料理、紫波町の日本酒・ワインなどがふるまわれた。
パーティーに参加した、紫波町の住人で不動産業を営む星麻希さんは「オガールができて、それまでと違い、町内で過ごす時間の楽しみ方に選択肢が増えました。図書館やマルシェも充実していて、広場に点在するあずまやでは家族とBBQを楽しめる。紫波町に暮らしていることをより自慢・誇りに感じるようになりました」と笑顔を見せてくれた。
建物の建設、施設整備の完了をもってオガールプロジェクトは終わりではない。オガールが掲げているスローガン「まち 人 オガール」にのっとって、紫波町の美しい自然とやさしさに包まれて、街並み・人が育まれるまちの実現に向けてのスタート地点に立ったところだ。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
172
『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
グルメ・おでかけの人気ランキング
新着
カテゴリ
公式アカウント