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2011年の東日本大震災を契機に、全国各地の自治体ではさまざまな防災対策を講じてきた。なかでも高知県黒潮町では、その取り組みで全国にも先進的な「防災のまち」として知られる。「防災」をキーワードに、地域のコミュニティづくりから地域産業の振興へと繋げ、新しい形のまちづくりを推進している同町を訪ねた。
大津波の憂慮を糧に「犠牲者ゼロ」を目指して
高知県の南西部に位置し、太平洋の美しい海岸線には全国屈指のカツオの一本釣りの漁港を有する黒潮町。人口は10,782人(2021年4月現在)、そのうち約40%が65歳以上という、高齢化が進むまちのひとつだ。
東日本大震災後の2012年、そんなまちに衝撃なニュースが飛び込んできた。内閣府の発表で、震度7の地震が起きた場合、最大で34.4mの大津波が押し寄せるというのだ。その規模は日本最大と言われ、太平洋沿岸に主な居住地域が広がる同町は、壊滅的な被害を受けることになる。
また、町外への転出増加も懸念された。これまで出生数を死亡数が上回る自然減が、住民が他地域へ転出することで人口が減る社会減を上回る状態だった同町は、2013年には社会減が自然減を上回り、過疎化が進んでいる町に追い打ちをかけ、住民たちに大きなショックを与えた。それにより町のあちらこちらで「逃げても無理、逃げない」という声が聞こえ、あきらめムードすら漂い始めた。
状況を重く見た同町は、さっそく対策に乗り出すことになる。それは日本最大の津波が襲うまちで「犠牲者ゼロを目指す」という取り組み。その旗振り役を担うのが、2012年に新設された黒潮町役場情報防災課だ。「2021年現在、ハード面の整備はほぼ完了し、防災を通じたコミュニティの活性化など、ソフト面の充実に取り組んでいます」と語るのは、同課南海地震対策係長の宮上昌人さん。
3つのステップで防災活動を「文化」に育てる古くは684年の白鳳南海地震にさかのぼり、およそ100年に一回のペースで地震に襲われてきた黒潮町。防災に対する意識は低くなかったものの、東日本大震災以前まで同役場には、総務課に消防防災係が存在するのみだった。
「ステップ1として、『避難空間の検証と計画』と『組織体制の整備』を行いました。その一環が、私の所属する情報防災課の立ち上げです」と宮上さん。情報防災課は来たる南海トラフ地震への対策の本丸・南海地震対策係、情報発信をする情報推進係、それ以外の防災を担う消防防災係の3つの係で組織される。
しかし10人にも満たない情報防災課だけでは、十分な対応ができないこともある。そこで役場職員約180人が通常業務に加え、町内の61地区へ赴き、地域の問題の洗い出しや住民とのパイプ役を担う「職員地域担当制」も導入。「黒潮町の防災対策が大きく進捗したのは、この職員地域担当制の導入が大きな役割を果たしました」
この制度を通じて、各地域で住民とワークショップを実施。これが同じステップ1の「避難空間の検証と計画」だ。ワークショップでは「近くに高台がない」「高台は近いが斜面が険しい」など避難場所や避難道の見直しや点検を行い、避難城の地形・物理的課題を図面に整理していった。
ハード面の整備と具体的な対策で意識の変化を促すワークショップを通じて表面化した避難上の問題点を、より具体的な対策として構築していくのがステップ2。ハード面では「避難空間の整備」、ソフト面では「課題の対策をカルテや処方箋で具体化」をすることだ。
避難空間の整備では、ワークショップで提案され、後に計画された避難道が実際に整備され、2019年度には全ての路線が完成。さらに津波到達予測時間内に高台まで避難できない地区(避難困難区域)の解消を目的に、町内6カ所に津波避難タワーを建設した。
ほかにも約120カ所の備蓄倉庫や約900カ所の津波避難誘導標識の設置など、住民では補いきれないハード面での整備を黒潮町が主体となって実施してきた。一方で住民が主体となった取り組みがカルテづくりだ。
ステップ1で表面化した避難上の課題に対するカルテや処方箋とは、家族や個人にあわせた具体的な避難計画づくり。そのために津波浸水が予想される全世帯の避難行動調査が行われた。「世帯別津波避難行動記入シート」を制作し、家族構成や連絡先はもちろん自力で避難できるかどうか、徒歩や自動車などの避難方法などを、まさにカルテのように細部にわたって目に見える形にしていった。
集まったカルテは、津波浸水の可能性がある40集落の全世帯3791世帯分。これらをもとに、地域の人たちによる地区防災計画をつくることで、『我がこととして感じられる手づくりの防災計画』として意識してもらうのが狙いだ。
処方箋である地区防災計画には、屋内での避難訓練、地区一斉での家具固定、世帯ごとの避難場所への備蓄、学校と連携した防災お年寄り訪問なども検討され、地域の特性に合わせた計画が盛り込まれていった。
住民の主体性を喚起し、防災活動を日常に「現在はステップ3の段階です。ステップ2を契機に、徐々に行政主体から住民主体の取り組みへとシフトチェンジをしているところです」と宮上さんは現状を語る。これまで行政の呼びかけによって実施されてきた取り組みを、住民が自主的に行っていくことがステップ3の最終目標だ。
今後も引き続き防災教育や訓練を徹底し、さらに住民主体の防災活動の活発化を促すことで、地域にタテとヨコの連携が生まれる。「現在すでにこれまでの防災活動を通じて、コミュニティが目に見えて活性化してきているようです。あきらめムードだった雰囲気が変化してきています」と宮上さんも手応えを感じている。
現在黒潮町では、認知症や障がいのある人、つまり要配慮者の避難支援に向けての対策にも乗り出している。宮上さんは「住民にお願いするだけでなく、福祉・防災・まちづくりという部署の枠を越えた、支援のあり方を検討しています」と次の課題に向かって日々汗を流す。
防災を通じたまちづくりに取り組む黒潮町。それは新たな産業を生み出すことにも繋がっている。次に足を運んだのは、同町の防災対策の取り組みのなかで生まれた黒潮町缶詰製作所だ。
人口減少を食い止める一助としての新産業過疎が深刻化していく黒潮町では、2012年、前町長肝いりで「WE CAN PROJECT」が立ち上がった。その立ち上げメンバーのひとりが、当時同町職員で、現在黒潮町缶詰製作所で営業・広報を担当する友永公生さんだ。友永さんは東日本大震災発生の1週間後に現地へ足を運んだ経験を持つ。「これまでの日本の防災対策がいかに甘かったかを痛感した」と、その風景を目の当たりにした時を振り返る。
同プロジェクトは、「34.4mの大津波来襲予想」のニュースを機に、あきらめムードが蔓延していた町内で、その考えを改め「自分たちがやるんだ」という思いを込めて、さらに事業の実現性を高めるため、町長と担当職員に加え、食や地域おこしの専門家を交えてプロジェクトチームを組織化。「もしもの防災時に役立つもの」をつくることで産業と雇用を生み出し、人口減少を少しでも食い止めることが命題だ。
商品として白羽の矢が立ったのが缶詰。防災食品で安定して保存・保管できることが決め手となった。2013年には前町長が社長となり第三セクター方式で同製作所を設立。フードプロデューサーや小売りのプロなどのアドバイスをもとに商品の開発を目指した。「アドバイザーの方以外は、全員が素人。なにもかもが手探りでした」と設立当時の様子を語る友永さん。
試行錯誤を繰り返していた商品開発は、被災地での食物アレルギー対応の難しさを東日本大震災の現地で耳にしたことで、「7大アレルゲン(食品表示法で表示が義務付けられている「特定原材料7品目」。乳・卵・小麦・そば・落花生・えび・かに)不使用」へと舵を切ることになる。しかも美味しさも求めるというハードルの高さ。
大学の機関とも連携し生み出された缶詰は、前町長のトップセールスで高知県内全自治体へ売り込みをかけた。備蓄食でありながら、日常でも楽しめるそれらは400円以上するものが中心。「『高い』という批判はありましたよ」と苦笑する友永さん。とはいえ、味の良さ、洒落たラベルデザインで話題となり、メディア露出も増え、売上げは右肩上がりに。
例えば人気商品の一つ「土佐はちきん地鶏ゆず塩仕立て」は、缶詰めでありながら、しっかりとした地鶏の歯応えがあり、噛むほどに旨みが広がる。さらにユズの爽やかさがほんのり後を引く。そんな手の込んだ味わいが成城石井、無印良品などの有名量販店の目にもとまり、現在は全国100店舗以上で販売されるほどになった。
当初4人だった従業員は現在17人まで増え、直近の生産量は年間25万個を達成。「ある程度の雇用は生み出せた。次はメーカーとしてさらにお客様をワクワクさせるような取り組みをして行きたい」と抱負を語る友永さん。安心安全はもちろん、美味しさまで兼ね備えた新しい備蓄食の答えの一つがここにあるようだ。
引き続き少子高齢化による緩やかな人口減は進んでいるものの、2018年には転入者が転出者を上回る社会増を達成した黒潮町。防災対策だけでなく、「防災」を媒体として地域の活性化を成し遂げつつある。逆境を見事に逆手に取った成功例として、今後も取り組みに注目していきたい。
●取材協力
黒潮町
黒潮町缶詰製作所
この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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