/
最高の相性だと思って結婚した男女が、妊娠・出産を経て親になり、少しずつすれ違ってセックスレスに……これって、よくあること? せつない夫婦の胸のうちを描きます。
ママ友との宅飲みで、セックスレス問題の打破に光が見え始めた美咲。一方、大輔は、家に帰りたくなくて……。
美咲とレスになって、半年が経った。相変わらず朝はバタバタだし、夕方もヘトヘトみたいだけれど、美咲はもう子育てのイライラを態度に出すことはなくなった。つまり、俺に本当の気持ちをさらけ出すこともなくなった。蓮が二語文を話すようになったとか、新作の化粧品が出たとか、ちょっと痩せたよとか。当たり障りのない話題ばかり。辛いことがあったとか、俺の母との関係とか、その……2人目妊活とか……肝心なことはスルーだ。衝突できるうちが幸せだったのかもしれない。体の関係がなくなって、美咲との大切な何かも失った気がする。
ある土曜日。蓮と美咲がママ友宅に向かったので、溜まった仕事を片付けに休日出勤をしている。
「一ノ瀬先輩!いたんですか?土曜日なのに珍しい~!」「うん。妻と子どもが家出してさ」「うそ?私、チャンス?この後ご飯行きましょうよ~」「無理。うそだし。ただママ友と飲み会行ってるだけだから」「あ~あ。ま、私も新しい彼氏とデートなんでいいですけどね」「あれ?昨日ケンカしてなかったっけ?」「もう古いですよ、そのネタ。話し合って仲直りしましたから」もはやネタ化した中野亜美との他愛ない会話。あの夜は正直焦ったが、向こうにも俺にも、恋愛めいた甘い気持ちは一切ない。むしろ、元彼との失敗談や新しい彼氏との恋バナを話す良き相談相手になっている。
「そういえば……中野さんはさ、元彼と別れる時、話し合ったの?」中野亜美は半年前、元彼との破局でだいぶ荒れていた。酔ってぶっちゃけていたところによると、セックスに関する温度差も理由だったらしい。
「どうしたんです?急に。もちろん話し合いましたよ。その結果別れたんですから」「怖くなかった?」「まあ、怖かったですけど。それでダメならいいかなって思ったので。話し合わなきゃ何にも始まんないでしょ?」“話し合わなきゃ何にも始まらない”か。それがサクッとできれば、苦労しないんだよな。何かきっかけでもないと……。
中野亜美がさっさと上がり、俺も企画書をある程度まで整えたので早めに帰ることにした。ただ……まだ午後3時か。そろそろ美咲と蓮が帰ってくる頃だと思うと、家に向かう足取りが重い……。
以前は美咲の存在に癒されていた。妊娠がわかったときも、本当にうれしかった。
「この癒しの存在がもう一人増えるのか?最高じゃん」
あの頃が懐かしい。
どこか時間が潰せるところ……最寄り駅まで辿り着き、フラついてたら、懐かしい場所に来ていた。かつて美咲とよく来たカフェバーだ。蓮が生まれてご無沙汰だったが、全然変わっていない。懐かしさのあまり、店内を見渡していると、美咲とよく座っていたテーブル席が見えた。すでにカップルが陣取っていて、どうやらケンカをしているようだ。初々しい。よく俺たちもあそこに座ったよな。初めてのデートも、告白も、ケンカをした後の仲直りも……あの席だった。
「ホットで」コーヒーを一杯頼むと、パソコンを開く気にもなれず、スマホで適当なニュースアプリを開いた。“夫婦間のセックスレス増加傾向!?”なんて、キャッチーなタイトルが目に入った。タイムリーな内容に、思わずタップして読み進めてみると……。
20~40代の夫婦を対象にしたアンケート調査をした結果、夫婦間のセックスレスは、年々増加傾向にあるらしいとのこと。調査によると、20~40代夫婦のこの1年間のセックス頻度は、男女ともに「週1回くらい」「月2~3回くらい」「月1回くらい」という回答者が多かったのだが……。それらを押さえて男女ともにトップだったのは、なんと約3割を占める「1年以上セックスしていない」だったそう。つまり、3組に1組の夫婦は1年以上していないレス状態ってことか?意外と多いと思ったが、もっと印象的だったのは、夫婦の8割が話し合いの場を設けていないということだ。ちなみにレスの原因は、産後クライシスや夫婦間の子育ての負担割合・価値観の違いなどからくる不満が影響していて、「産後は生理的に無理になった」「寝ている子どもが気になってできない」「子育てに参加しない夫に愛情がなくなった」「疲れていて性欲が湧かない」という回答が多かったと書いてある。……俺だって本当はわかっている。美咲がいつからか不満を口に出さなくなったのは、俺に期待しなくなったからだ。
もっと、美咲の気持ちを因数分解しないといけないのかもしれない。
ふと顔を上げると、さきほどのカップルがもう笑い合っている。俺たちもあんな感じで、喋っているうちにいつのまにか仲直りしてたんだよな。
そんなことを考えながらカフェを出ると、意外な姿を発見して思わず立ち尽くした。蓮と美咲がいたからだ。「ぱぱ、いる!」「あ……」「あ……なんでここに……?」家に帰りたくなくて時間をつぶしていたのがバレたような気がして、バツが悪い。美咲もどこかバツが悪そうな顔をしている。俺たちの間に、沈黙が続いた。
営業の神様の声が聞こえる。“一ノ瀬大輔。今がそのきっかけなんじゃないか?”って。俺がちゃんとリードしないと。あの時みたいに……。俺は、意を決して口を開いた。「あのさ。今夜、よかったら少し話さない?蓮が寝た後に2人で」ここで出会ったのも、何かの運命だろうからさ。
▼美咲編はこちら!
この記事のライター
恋愛・結婚の人気ランキング
新着
カテゴリ
公式アカウント