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突然ですが、最近、自分の父親とゆっくり話をする機会はありましたか?核家族化が進み、忙しさも増している昨今、近くて遠い存在が親だったりします。特に、娘にとって父は、少々面倒な存在と考えてしまったこともあるかもしれません。今回ご紹介する作品は、不器用でちょっと変わった父の愛に感情を揺さぶられながらも心温まる、極上の家族劇『ありがとう、トニ・エルドマン』です。
昨年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされた本作は、最高賞であるパルムドールを逃しました。
しかし、パルムドールを決める審査員とは別に、世界の映画メディアが作品の評価を決める採点表では、昨年どころかカンヌ映画祭の長い歴史上で最高平均点を叩き出しました。
また、世界中の映画誌による2016年の年間ベストテンにおいて軒並み1位を記録し、国際批評家連盟賞をはじめとする数多くの映画賞を受賞しました。
つまり本作は、カンヌでパルムドールを逃しましたが、実質的に2016年に公開されたあらゆる映画の中でも頂点に位置するといって過言ではありません。
母国ドイツを離れてルーマニアで経営コンサルタントの仕事をしているキャリアウーマン、イネス。
彼女は、仕事にまい進するあまり、人間らしさを失っています。
そんな娘のことが心配でならないドイツにいる不器用な父ヴィンフリート。
彼は娘に会うために、突然彼女が働くルーマニアに押しかけますが、忙しい彼女に適当にあしらわれて数日で追い返されます。
しかし、この父はちょっと変わり者で、再び彼女の前に現れます。
カツラを被り入れ歯をいれた別人トニ・エルドマンとして現れるのです。
職場にもプライベートにもトニ・エルドマンとして干渉する父にイライラが募るものの無視はできない彼女は、ついつい父のペースに巻き込まれていきます。
本作が素晴らしい点は、まずこの奇想天外な設定が生み出す、不思議な感情でしょう。
実の父がバレバレの変装をして何かにつけて干渉してくることで、当然ながら怒りの気持ちが湧いてくるのですが、嫌悪というよりも、どこか"やれやれ感"を覚えます。
それは父の行動が愛情を前提にしていると気付いているからでしょう。
この映画は、父の突飛な行動の裏に隠れた深い愛が、娘の心を様々な方向にかき乱していきます。
それは凍りついた心を溶かす、熱を発生させる気持ちの往復運動のようなものかもしれません。
この映画は162分と長尺なのですが、それは間を大切にしているからです。
父の空気の読めない行動は、観客から見ても痛々しく気まずいのですが、それによって動かされる気持ちは、間に現れてきます。
本作はそこをきちんと捉えているのです。
作品の後半、ホイットニー・ヒューストンの名曲「GREATEST LOVE OF ALL」を父がピアノで弾いて娘に歌うようけしかけるシーンがあり、娘はやけっぱちで熱唱します。
もっと自分を愛そうと主張するこの曲の歌詞と父の愛情に、心を動かない人はいないのではないでしょうか。
日々、仕事を全力でがんばることももちろん美しい生き方ですが、「働き方改革」が叫ばれる現代において、人生を見つめなおして自分らしく生きることにも注目が集まっています。
家族を大切にし、自分自身も愛することで、更に美しい人へと歩を進めることができるのでしょう。
2017年公開作品の中でもおそらく指折りの一本となること間違いない本作を、是非、劇場でご覧ください。
タイトル:『ありがとう、トニ・エルドマン』
配給:ビターズ・エンド
コピーライト:(C)Komplizen Film
2017年6月24日(土)より、順次全国にて公開
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この記事のライター
中井圭
1971
1977年、兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」「WOWOWぷらすと」、シネマトゥデイ×WOWOW「はみだし映画工房」、TOKYO FM「LOVE CONNECTION」「TOKYO FM WORLD」等に出演中。「Numero TOKYO」「CUT」「観ずに死ねるか!」シリーズ、映画広告ポスター等に寄稿。「映画の天才」「偶然の学校」「映活」「ナカメキノ」などの映画関連イベントを企画し、映画普及につとめる。東京国際映画祭をはじめとした様々な映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開している。
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