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◆米大リーグ ナ・リーグ優勝決定シリーズ第4戦 ドジャース4―6ブルワーズ(15日、米カリフォルニア州ロサンゼルス=ドジャースタジアム)
ドジャース・大谷の26年シーズンが終わった。今季は3年ぶりに開幕から二刀流で挑んだが、後半戦は登板無し。度重なる故障で二刀流をシーズンで貫くことはできなかった。新たなフェーズに入ろうとしている大谷の二刀流をメジャー担当の安藤宏太記者が占う。
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大谷の二刀流の起用法は来季以降、改めて再考されることになりそうだ。
エンゼルス3年目までは、登板の前後で休養日を設けるなど、打者の出場機会を削って投打を両立させてきた。だが、21年に制限を解除すると、一気に投打両面での成績が上向き、降板後DHで残れる「大谷ルール」も追い風となって、二刀流でフル回転してきた。
だが、23年以降は投打で1年間戦い抜いたシーズンはない。度重なる故障にも悩まされてきた。オーバーワークとの指摘もあり、たびたび休養日が計画されたが、大谷の「出られるなら出たい」という責任感の強さもあって、出場してきた。だが、32歳という年齢もあり、二刀流を続けるためには致命傷となる大きなけがをする前に、負荷を減らさなければいけないという考えも球団内にはある。アルバートヘッドトレーナーも「これまでも休養を勧めてきた。休む日を受け入れることが、彼の大きな一歩になると思う」と言った。
近年の成績を見ると「打高投低」。打者専念を推す声が球団内でも上がっている実情もある。ロバーツ監督は「私個人の選択であれば」と前置きしながら「打者に専念する。打者の方がけがのリスクが低いから、投手よりも長くプレーを続けることができる」。大谷の故障歴のほとんどが投手として負ったもの。選手生命を長く、という思いも含め、専念を勧めている。
たびたび起こってきた「二刀流論争」。だが、「投手・大谷」も、「打者・大谷」も簡単には捨てられない。それは球団も本人も一致する考えだ。二刀流の挑戦は、前例がなく、常に最適解を探す旅でもある。打者としての休養日を作る、投手としての登板間隔を広げるなど、負担を減らしながら、最大のパフォーマンスを出せる道を探る作業は、二刀流継続のための永遠の課題となっている。
◆大谷のメジャーでの二刀流ヒストリー
【エンゼルス】
▽18年 原則として登板前日から翌日は3試合連続で打者としては出場せず。シーズン終了後に初の右肘手術。
▽19年 右肘リハビリのため投手としては登板できず、打者専念。
▽20年 投手復帰を目指したが2登板だけで再び打者専念。
▽21年 登板日前後の休養日を原則廃止し、登板日も打席に立って、降板後に外野を守ることも。
▽22年 「大谷ルール」が適用され、降板後もDHで打線に残れることとなり、初の規定投球回&規定打席のダブル規定到達。
▽23年 投打でフル回転も、9月に2度目の右肘手術。日本人初の本塁打王に輝く。
【ドジャース】
▽24年 右肘手術の影響で打者に専念して、史上初めて「50―50」(50本塁打&50盗塁)を達成。
▽25年 6月に投手復帰。リハビリを兼ねて1イニングから少しずつ投球回を伸ばした。
▽26年 登板翌日の休養日が増えた。故障が続き、後半戦は登板なし。
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スポーツ報知
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