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ドイツや東欧、北欧諸国を旅すると、必ず口にすることになるのがライ麦から作られた「黒パン」。コクのある酸味と、みっちりとした重い食感が特徴のパンで、噛めば噛むほど旨みを感じられる、いわゆる「クセになる系」の味わいです。
↑エストニアはタリンのオーガニックレストラン「Leib Resto ja Aed」で添えられた黒パン。店名に含まれる「Leib」とは、現地語で黒パンを意味するそう。
ホテルの朝食のビュッフェでは、バケットやクロワッサンなどと一緒に、薄くスライスされたこの黒パンが並んでいることが多いのですが、旅先ならではの物珍しさに加えて、なんだかヘルシーそうなイメージがあり、ついつい黒いほうに手を伸ばしてしまいがち。
ふつうにトーストしてバターや蜂蜜を塗っても美味しいのですが、僕のおすすめはサンドイッチ。
北欧やバルト3国では、朝食に必ず「サーモンの燻製かマリネ」、「ニシンの酢漬け」が並ぶので、軽くトーストした黒パンにレタスとチーズ、オリーブあたりを載せたら、サーモンかニシンを(もしくは両方を!)どーんと載せてどうぞ!
ふだん朝食は軽めの僕も、この黒パンサンドだけは例外です。
塩の利いた旨みたっぷりのシーフードを、どっしりとした黒パンに挟んでいただく味わいは格別で、旅の間は朝食重視にスイッチ。その後のランチをセーブしてまで、毎朝これを食べるのを楽しみにしています。
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そんな旨すぎる黒パンですが、世界の食がなんでもそろう日本にあって、いまだ、なかなか入手しづらい存在なのです。嗜好の違い、原材料であるライ麦の価格差、スライスの難しさ等々、その理由はいろいろありそうなのですが、そもそも作るのからして難しいのだとか。
↑日本では高価なライ麦粉も現地ではお手頃価格。フィンランド・ヘルシンキのデパートにて。
「あのサンドイッチを日本でも食べたい!」……この野望を叶えるべく、あれこれ知恵を絞った結果、プロに作ってもらうことを思いつきました。
妻の友人のパン屋さんに、土産の品々に紛れ込ませて現地で買ったライ麦の粉を現物支給。タリンのレストラン(1枚目の画像参照)で教わった黒パンマニア向けのYouTube動画のURLも添えて……えー、つまり、無茶振りしたわけです。
無茶振りを受けてくださったのは、東京・西荻窪の「えんツコ堂 製パン」さん。
ご夫婦でワイン好きなことから「うまそうな黒パン+ワイン」の写真を投下したりして、無理矢理その気になっていただきました。ふだんは北海道の小麦を使った、シンプルな製法にこだわったパンを焼いていらっしゃいます。
「ライ麦粉は、とにかくグルテンが生成されないのが厄介なんだよね~。」
ふつうの白いパンは、小麦粉に含まれるたんぱく質が水と結合して「グルテン」となり、それがパン独特の柔らかく弾力に富んだ食感を生むのですが、ライ麦粉から作る生地では、そのグルテンがなかなか生成されないそう。
「水が粉と結びついてグルテンを生成する前に、ライ麦粉の中の『ペントサン』という炭水化物が水分を吸い取っちゃうんですよ……。」
勇さんの説明によると、黒パン特有のしっとりした舌触りはまさにこの性質によるものだそう。ですが、そのままだと、伸びのないベチャッとした生地となり、とてもパンと呼べるようなものにならないそう。生地として成り立つ水分量を見つけるまでは、試行錯誤の連続だったそうです。
焼き加減については、わが家へ試作品を送ってもらい、僕らがダメ出しするという方法で精度を上げていきました(偉そうにすみません……)。「もっと歯に絡みつくようなネチネチ感欲しい」だの「スパイス強すぎ!」だの、僕らの旅の記憶だけが頼りの感覚的なコメントを、勇さんが脳内翻訳して、少しずつあたりを付けていくのです。
最終的には240℃/20分+200℃/20分というレシピに落ち着きました。最初に高温で一気に焼くことで、まわりのカリッとした食感が生まれます。そして、そのあと温度を落としてじっくり焼くと、水分を閉じ込めたどっしりとしたパンになるそうです。
「なにしろ、食べたこともない味を想像して作るんだから、難しかったよ~」
……と勇さんは謙遜されますが、プロの技術と想像力が噛み合ったこの味わいは、まさにあの「北欧の黒パン」そのもの!何度目かの試作を経て、僕と妻は顔を見合わせ「これだ!」と歓喜したのでした。
↑そして、なんと商品化!えんツコ堂さんでは美味しいワインも買えるので、ここはぜひセットでどうぞ!
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ヨーロッパでは、黒パンは古くから庶民食として親しまれ、今はまた、若い人たちの間で注目され始めているそう。いろんなレシピが存在し、えんツコさんが試行錯誤されたように、日々新しい美味しさが生まれているようです。
エストニアでの旅の最後に、現地の知人の勧めで、タリン駅の近くのTelliskivi Creative Cityにある、お洒落な黒パン工場を訪ねました。熱意溢れる若者たちが生地を捏(こ)ねるそのキッチンでは、まるでクラフトビールの工房のような、垢抜けた空気を感じることができました。古くて新しい黒パンの世界、ぜひお試しあれ!
↑MUHU PAGARID
https://muhuleib.ee
ノロのひとこと
「エストニアにはボクのまくら(ノロピロー)を作ってくれている作家さんがいるノダ!」
■取材協力
えんツコ堂 製パン
住所 : 東京都杉並区西荻北4-3-4
TEL : 03-3397-9088
営業時間 : 9:00~19:00(日曜は~17:00)※売り切れ次第閉店
定休日 : 月曜日・奇数週の火曜日
*次回は4/2(日)更新予定です
illustration: Tomoyuki Okamoto
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■著者プロフィール
平松謙三(ひらまつ けんぞう)
1969年、岡山県生まれ。
2002年から現在まで、黒猫の「ノロ」と37カ国を旅し、世界の美しい風景とノロを写真に収め、書籍やカレンダーなどを通して発表している。
ふだんは八ヶ岳南麓の山小屋に暮らし、フリーで、グラフィックデザイン、WEBディレクションなどを行う。
趣味は自転車と薪作り。
※誌面画像、イラストの無断転載はご遠慮ください
この記事のライター
宝島オンライン
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