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今年5月、「物件を借りたら映画館だった」というネットニュースが話題になっていた。物件が映画館? では、部屋はどうなっているの? 家賃は? 間取りは? と気になることばかり。ということで、さっそく現地に行き、気になる「住み心地」や「満足度」について、話を聞いてきた。
映画館では、子ども2人と夫妻、映写技師の5人が暮らす
「閉鎖になった映画館をサラリーマンが引越してきて、再開した」。そんな、映画を地で行くような話の舞台となったのは、秋田県北部の大館市。青森県にも隣接する人口7万人超の小さなまちだ。
2014年に再開されたのは「御成座(おなりざ)」。東北地方では独立した建物としては、唯一の名画座だ。ちなみに筆者が訪れた日は、再開2周年&大館にちなんだ作品ということで、『ハチ公物語』を上映していた。そう、渋谷にもいる忠犬ハチ公は、大館出身なのだ。
「あー泣いたよー」と目をこすりながら、登場したのはこの映画館の支配人・切替(きりかえ)義典さん。現在、妻と子ども2人、映写技師さんとともに、この映画館に暮らしている。ただ、切替さんはもともと千葉出身、現在も千葉県に一戸建て(しかも新築で購入!)を所有しているという。
「千葉の家は、まだ築3〜4年だし、住宅ローンもたっぷり残っているよ。だから必死で働かないと」と笑う。現在は切替さんの母親が住んでいるという。切替さん自身は出張が多いため、この秋田の映画館兼住まいは、妻と子ども、映写技師さんが長い時間を過ごすそう。
2012年ごろから秋田県での仕事が増えたため、自分とスタッフが寝泊まりする場所と事務所を兼用した建物を探すところからスタートした。あくまでも、会社員の仕事の一部として探したのがはじまりだ。
「このあたりは空き家も多いんですが、駐車場が付いて建物が使えて、寝泊まりできるとなると、ピンとくる物件もなくて。ただ、何度かこの建物の前を通り過ぎたことがあり、気になってなかを内見させてもらいました」
第一印象は、ひと言でいうなら最悪に近く、「とにかく怖かった」と話す。それもそのはず、9年間も空き家でろくに手入れもされておらず、外観からは映画館とは想像もつかなかった。ガラスは割れたままで、扉代わりに板を打ち付けていて、電気もつかないので真っ暗。懐中電灯をかざしながらの見学となった。
「でも、どうやら普通の家じゃなさそうだったので、気になって不動産の担当者に聞いたんです。そしたら“ああ、前は映画館だったんだよ”って返事が返ってきて。先に教えてくれよと思うんですが、そこで初めて映画館だと知ったんです(笑)」
建物はすべてセルフリノベ。DIYで塗って、張ってを繰り返す!第一印象こそ最悪だったものの、もともと大の映画好きということもあり「ここで映画を見たい」と、その気になりはじめた切替さん。部下3人にも見てもらったが、「ココはちょっと……」という反応だったとか。それでも「スクリーンで思い切り映画を見てみたい」「でも怖い」と葛藤が続き、思い切って不動産会社に家賃を聞いたそう。
「そしたら、『えっ、借りるんですか?』って驚かれてね。じゃあ、5万円でいいよという話にまとまりました」。正式契約となったのは2013年8月。また、のちに映画館部分とは別に、住居部分を借りることにもなり、現在、家賃は合計7万5000円を支払っているという。
入居が決まってからは、セルフリノベの日々。DIYの手ほどきも知識もまったくなかったが、まずは電気がつくようにし、ペンキを塗り、畳を捨ててフローリングに張り替え……。リノベーションにあたってプロに依頼することはなかったという。
「今にして思えばですけど」と前置きしながら、「仕事柄、作業用のライトバンに乗っているんですが、夕方になると、その車で乗りつけてきて、建物内部をペンキで手入れしている男がいる。周囲から見たら、どう見ても映画館を復活させるようにしか見えないですよね」と振り返る。そう、切替さんが建物をリノベーションしている姿をみて、周囲の人は「どうやら映画館が再開するらしい」とウワサしていたのだった。
「その都度、『いえいえ、住むところを掃除しているんですよ、でもたまに映写会できたらいいですね』って話していたんですけど、でも、問い合わせに来る人が1人、2人じゃないんです。ほぼ毎日、何かしら聞かれるんです。すると、頭のどこかで『再開するにはどうしたらいいんだろう』って考えるわけですよ」
課題を一つひとつクリア。そして念願の映画館再開へ!ただ、映画館の再開に向けては課題も多く、特に(1)建物の耐震性、(2)消防法をクリアできるか、(3)映写機と映写技師をどうするかということという壁にぶち当たった。まったく門外漢・なおかつサラリーマンの切替さんには、コネクションも予算もなかった。
「ひとまず、県庁に問い合わせて、建物の耐震性について聞きました。そこでは図面も残っていて、『大丈夫でしょう、どうぞ再開してください』と言われてね。正直、一番費用面でネックになると思っていたのが、この耐震性だったので、拍子抜けしました」
次いで、映写機と映写技師の問題。まずは映写技師を人づてに頼って、なんと御年90歳超、かつての映写技師さんに、映写機を使って試写をしてもらった。「はじめは1時間の予定だったんですけど、気付けば6時間が経過していてね。スクリーンに映った姿を見たら、本当に感動したなあ」と切替さん。映写技師さんはその後、何人か入れ替わり、現在の男性スタッフに行き着いた。
最後に残るハードルとなったのが、消防法を順守すること。スプリンクラーや火災報知機、排煙設備なども当初はDIYしようと考えたのだが、施工に資格が必要とあって、プロに依頼。なんと300万円の出費となってしまった。そう、気付けば完全に、「映画館を再開する」方向で話が進んでいたのだ。その間、切替さんはこの社宅兼オフィス兼映画館で寝泊まりを続け、社員や周囲の人も巻き込みながら、2014年7月、約1年で映画館はなんとか再開にこぎつけた。
そしてほぼ同時期、気が付けばほとんどの時間を秋田で過ごしていた切替さん、家族でいっしょにこの家で暮らしたいと考え、2人の子どもと妻を千葉から呼びよせた。子どもは転校にすることとなり、うさぎの「てっぴー」もいっしょにやってきた。では、現在の家の住み心地はどうだろうか。
「悪いです(笑)。隙間風もあるし、お風呂もないので、近所の温泉通っていますし、家族も大変だと思います。新築の家と比べたら、住み心地は比べものになりません」という。ちなみに、妻にも聞いたところ、「まわりから見れば完全に美談ですよね、実情は大変なんですよ」と苦笑いをしている。確かに出張の多い切替さんに代わり、実質、映画館を切り盛りする妻は、特に大変そうだ。
「それでも、普通に暮らしていたらできない体験や出会いがたくさんある。本当に貴重な日々、思い出をもらっています」(切替さん)という。振り返れば映画さながらのような2年間。今後、これからどんな出来事が起きるのか、もしかしたら切替さん自身がいちばん楽しみにしているのかもしれない。
この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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