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後ろ指をさされる関係とわかっていても、やめられない不毛なつながり。
不倫を選ぶ女性たちの背景には何があるのか、またこれからどうするのか、垣間見えた胸の内をご紹介します。

「あのね」
ふと思い出したように、Eさんがフォークを持つ手を止めてこちらを見た。
「息子がね、大学で東京に行ったのよ」
Eさんは今の夫と20代の前半で結婚し、すぐに妊娠して若い頃は家事と育児中心だった、という話は聞いていた。
「あ、もうそんなに大きくなられたのですね」
Eさんの言葉に感じる違和感の一つに、ひとり息子が出てこないこともあったが、これで解決した。
大学への進学を希望して高校を選んだ息子さんは、寮生活だったはずだ。
「息子が寮に入ってから、旦那とは本当に口をきかなくなったわ」
とEさんは以前話していたが、結局家に戻ることなく手を離れたのだ。
おめでとうございます、と言うこちらに「がんばったのはあの子だから」とひらひらと手を振って返すと、
「あの子がね、行きたかった大学に無事に合格して、それも彼はすごく喜んでくれたのよ。
そういうのもあって、自分の家よりあの人のところに帰るのが居心地よくなったのかも」
と視線を皿に戻しながらEさんは言った。
既婚者でありながら、夫と住む家がありながら、不倫相手との時間を選ぶ。
それを妨げる人が誰もいないのが、Eさんの現実だった。
それからしばらく、Eさんと彼の半同棲生活についての話が続いた。
Eさんが自分の家に帰るのは週に4日ほど、そのときは「いつも通りに家事をして、自分の部屋で寝る」生活で、平日の1日と週末の2日を不倫相手の部屋で過ごしていた。
夫の話は出て来ない。
家での二人分の食事や洗濯について触れても、「旦那は」と様子を語る気配はない。
そればかり気になった。
「一応ね、結婚しているからさ」
ナプキンで口元を抑え、軽い調子でそう言うEさんがこちらの視線を外したことには気がついていた。
「……順調ならいい、のでしょうかね」
慎重に言葉を選ぶ。
Eさんは、夫について尋ねることを全身で拒絶していた。
話題に出さない、登場させないのは「いないものとして語れ」のサインだ。
「なるようにしかならないと思うのよ」
皿が下げられ、デザートのシフォンケーキとコーヒーが運ばれてきて、Eさんはその日はじめてため息をついた。
「……」
想像してみる。
夫がいる家と、不倫相手の男性と過ごす部屋。
ドアノブに指をかけるときのテンション。
行動の痕跡がわかるシンクのなかを見るときの気持ち。
乱れたシーツを視界に入れて湧き上がる感情。
ふたつの家を行き来するEさんがその都度受け取るのは、不安定で両極端な思いではないのか。
それでも、流れに任せて何も決めようとしないから、「なるようにしかならない」という言葉が出る。
「あ、チョコだ。
美味しそうですね」
普段から滅多に食べたいと思わない甘いケーキにデザートフォークを突き刺しながら、視線を落としてそう言った。
シフォンケーキ、好きだったのねと白々しく言葉を返すEさんの表情はわからなかった。
コーヒーも飲み終わり、そろそろ出ようかと思った頃、Eさんが口を開いた。
「ねえ、私のしていること、やっぱり軽蔑する?」
その声に不安を感じ取って、顔をあげると正面からEさんを見た。
「いいえ」
きっぱりとした声に安心してくれたのか、少しこわばっているように見えたEさんの頬が緩むのがわかった。
「ごめんなさい」
視線をマスクケースに移しながら、Eさんの言葉が聞こえた。
「何がですか」
「……こんな話で」
「私が聞かせてくださいとお願いしたのですよ。
こちらこそ、ありがとうございます」
笑顔でそう言ったのは、本心だった。
どんな話であれ、それを教えてくれたことに感謝するのがこちらの筋だ。
ただ。
「いずれ、決めないといけなくなるのかもですね」
そう続けると、同じようにマスクを手に取っていたEさんが、無言でこちらを見た。
「なるように、なったときに」
「……」
その瞬間は必ず訪れる。
ふたりの男の間を移動し続ける生き方が、死ぬまで可能だとは思えない。
夫を生活から除外したところで、夫婦の枠からは逃げられないのだ。
今後、たとえば子どもが結婚するときに「その状態」で妻の仮面をかぶることができるのか、疑問だった。
「……」
Eさんは答えない。
「選択の瞬間」に誰よりも怯えているのはこの人なのだと、伝票を掴みながら思った。
この記事のライター
OTONA SALONE|オトナサローネ
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