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この二つの文
は、同じ出来事を表していますが、主語が違います。1は先生が主語で、2は僕が主語です。
「くださる」は「くれる」の尊敬語で、「いただく」は「もらう」の謙譲語だということもここで分かります。
先生を尊敬しているということで、「くださった」は尊敬語、
僕が先生を敬っているということを表す為に自分がへりくだるので「いただいた」は謙譲語になるわけです。
「いただく」は自分の行為に対して使う謙譲語なのです。
例えば逆にして
とは言わないということはすぐに分かります。
さて、表題の件です。
ここには隠れた主語とそれを受ける言葉が隠れています。入れてみると次のような感じになるかと思います。
どちらにしても丁寧な感じがするので、ちょっと分かりにくいですよね。
元々の言葉に戻して文をシンプルにしてみましょう。
1がおかしいことが分かりますね。ですから、
は間違いだということが分かると思います。
では「いただきまして」が「ご来店」とセットで使えないかというとそういうわけではありません。そういう安直な覚え方をすると、言葉が変わると途端に分からなくなります。主語が「自分」かどうかです。次のような文では、主語が自分になるので使えます。
この文の主語は「私たち一同(は)」です。だから「いただく」なのですね。
これが「こんなに大勢のお客様が」とお客様が主語になると「いただく」は使えません。
「いただく」は自分の行為に対して使う謙譲語なのです。
繰り返します。「いただく」は自分の行為に対して使う謙譲語なのです。
この記事のライター
OTONA SALONE|オトナサローネ
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