/
一児の母であり、都内の会社に勤務するTさんは、かつて仕事をしながら設計の勉強をしていました。その経験を活かして、自分の家を自分の手でリノベーション。そのチャンスが訪れたのは、なんと産休・育休期間だったのでした。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。「自分たちの家だから、自分の手で何かしたい」という強い思い
都内の最寄駅から徒歩10分、にぎやかなメイン通りから一歩入るといくつものマンションが立ち並ぶ静かで落ち着いた雰囲気。にぎわいと静けさが程よい距離感のあるエリアに、Tさんが夫と2歳の長女と暮らしているマンションがあります。
「物件は以前から探していたのですが、本格的に探しはじめたのは産休・育休のとき。今しかない! と思いました(笑)。設計の勉強をしていたときから、自分の家は自分の手で何かできたらいいな、と思っていたので、物件を探しながらリノベーション会社にも数社相談に行きました」
しかし、Tさんの希望をかなえてくれる会社は見つからなかったそう。
「どこも『一緒につくっていきましょう』とおっしゃるのですが、一緒の“度合い“が見えなくて……。例えば、私は設計の段階から参加してつくりたかったのですが、ある程度パターン化されたものから選ぶのでは、自由にできる幅が限られてしまいます。また、解体しなくては状態が分からないリノベーションだからこそ、施工中も、実際に現場を見たうえで壁のクロスが必要なのか? とか、天井をどうしようか? とか、その都度臨機応変に対応できる柔軟性を求めていました。意見を言うタイミングが限られていたり、意見する内容が用意された選択肢の中からパーツを決めるなど、参加範囲が限られてしまうのは、自分たちがやりたい家づくりとは違うなと感じていたんです」
今しかない! 妊娠8カ月からスタートした物件探しとリノベ計画ある日の夜、Tさんの脳裏によぎったのが、通っていた設計学校で当時、講師をしていて今は夫婦で設計事務所を開いている松尾さん夫妻のこと。
「きっとあのふたりにお願いしたら、楽しく一緒につくり上げてくれるに違いない」。すぐにでも会いに行きたい気持ちを抑えて、松尾さんに相談の電話をしたのが妊娠8カ月の時。この時点では、まだ物件も決まっていなかったそうです。
物件が決まったのは、長女が生後2カ月を迎えたころ。その間も、住まいに対する考えやイメージが見つかると、松尾さんに相談していたそうです。一般的にいえば産前産後という大変な時期ですが、出産という大きなミッションを境に、Tさんにとっての家づくりが本格的にスタートするのです。
「このマンションは築50年。玄関を入るとすぐ階段で、そこを上がってから居住スペースにつながります。使いやすいかどうかでいったら、多分不便なのでしょうけど(笑)、階段によって空間が切り替わって楽しいな、と感じました。あとは、お客さんをお招きしたかったので、リビングを大きくとるのは最初から決めていて、個室にわかれている部屋をひとつにしたら広く使えるだろう、と思っていました」とTさん。
家の片隅にあったキッチンを中央に配置し、かつてのキッチンは寝室に。部屋や収納の区切りも取り払って、可能な限りスペースを確保。設計図はTさんが描ける範囲を描いて、松尾さんにフォローしていただいたそうです。
こんなの見たことない! 三角形のキッチンカウンター誕生実は、当初の予定では、中央のキッチンカウンターは一般的な四角いタイプのものを設置する予定だったとか。しかし、ここで松尾さんから設計学校の講師ならではの一言が……。
「私たちが授業を行うとき、生徒さんに必ず聞くことがあります。それは、『この設計やリノベーションプランで、本当にあなたのやりたいことが満たされますか? 』ということ。彼女にも投げかけてみました」
「部屋に入ってすぐ目の前に四角いキッチンカウンターがどん! とあると、どうしても圧迫感が。それに、リビングに流れる動線としても今ひとつ。もうひとひねりしたくなって、それはもう松尾さんと一緒に、これはどう? 配置を変えたらどうだろう? と時間をかけてひたすら悩みました」と、Tさんは当時描き込んだ何枚もの設計図を見せてくださいました。
そして、ついに生まれたアイデアが、斜めのキッチンカウンターとそれに合わせた斜めの天井。
「誰も見たことないけど、だからこそ面白いかも!? 斜めってアリでしょ」
どんどん盛り上がっていく妻を温かく見守っていたのは、Tさんの夫。……といっても、斜めのキッチンカウンターの話を聞いたときは、どう思ったのでしょう。
「最初は、それって大丈夫なの? と思いました(笑)。斜めのカウンターと聞いてもどんな空間になるのかイメージがつかなかったです。実際できあがってみると、使いやすいですし、良かったなって思うんですけどね(笑)」
実際キッチンに立ってみると、十分なスペースが確保できるうえに、手の伸ばせる範囲で作業でき、見た目以上の機能性。対面は座ることも可能で、お客さんとの距離もぐんっと近く、その場に応じてフレキシブルな使い方ができるのもポイントです。
「平日の昼間は私がいろいろ動けるので、現場へ行ったり、参考になりそうなものを探したりして、夫が帰ってきたら報告と私がやりたいことのプレゼンタイムです(笑)。夫も基本は『普通じゃ、ちょっとつまらない』というタイプなので、そこは私と感覚が似ていて良かったです。平日の夜もそうですが、休日には素材探しなども一緒に見て回ってくれて、助かりました」
家全体の統一感と限られたスペースを活かすための工夫以前の家から持ってきた家具はひとつだけ。あとは、造り付けの製作家具にしたというTさん。
「全体に統一感を持たせたかったのと、限られたスペースを広く使うためには造り付けがベストだと思いました。それに、斜めに対応する既製品はないですしね(笑)」
統一感といえば、壁や天井も大事なポイントで、ちょっとしたさじ加減でニュアンスも変わります。
「リノベーションの場合、壁や天井をはがしてみないと分からないことが多いんですよね。そこはある程度覚悟していたのですが、実際に見てからその都度判断してきました。壁の色は、職人さんが塗ってくださった途中工程の状態を見て、『これ、このままがいい!』と気に入ってそれ以上手を加えない、とか(笑)」
このような判断ができたのも、Tさん自らが頻繁に現場へ足を運んで実際を見ていたからこそ。
「現場には娘と一緒に通っていたのですけど、職人の皆さんに良くしてもらい、娘もかわいがっていただきました」愛らしいお嬢さんの笑顔は、職人さんたちにとって癒やしのひとときだったのかもしれませんね。
約半年以上の月日をかけて行ったリノベーションは、「宿題の連続だった」とTさんは語ります。
「学生時代を思い出しましたが、学校の課題と大きく違うのは責任を伴う、ということ。それから、予算ですね。課題のときは、予算のことは一切考えませんでしたから(笑)」
「妻はやると決めたことは絶対にやるタイプなのですが、出産直後ということもあって正直心配もありました。……といっても妻と松尾さんの信頼関係があるので、最悪のときは松尾さんにすべてお願いしちゃおうと(笑)。それに、賃貸だとどんなに気に入った物件でも、住んでみると『ここがちょっと……』という不満って出てきますよね。でも、この家は住んで1年ちょっとですけど、そういう不満がないんです。たくさん話し合って、納得しながらつくったものは違うなぁ、と感じます」とTさんの夫。自宅でゆっくり、家族でくつろいで過ごす時間も増えたそうです。
穏やかな口調からは想像できないほど、芯がしっかりしていてバイタリティーあふれるTさん。理想を現実のものにできたのも、あくなき探求心とブレない軸があるからこそ。大人数でも座れて居心地のいいリビングは憩いの場で、家族の楽しくにぎやかな声が印象に残る取材となりました。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
173
『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
ライフスタイルの人気ランキング
新着
カテゴリ
公式アカウント