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さんきゅう倉田です。
芸人をしながら、東京大学に通っています。現在は教養学部の2年生で、来年から経済学部に進学します。いつも東大の良さや学生の素晴らしさなどを寄稿しています(たまに悪態)。
たまには自分のことも扱いたいと思います。
来年1月に小学校の同窓会があります。
中学受験をして私立に行った友人たちとは卒業以来会っていません。
当時のぼくは、自分の賢さがどの程度か測ることができませんでした。
なにせ成績は中の中、先生に怒られることも多かったし、褒められることは全くなく、親にすら何かで評価された経験がほとんどありません。他人からの評価とは無縁の子供時代。
自分自身も当然、自分を評価しません。悪いとも思わないけれど、良いとも思わない。だから、頑張ることもない。
そのような子供を周りの友人たちはどう思っていたのでしょうか。「勉強も運動も普通で、授業中はうるさい」くらいに思っていたかもしれません。
だから、同窓会で会ったら、「東大に入るほど頭が良かったっけ?」と聞かれそうです。
そのような予測のうえで、小学校のときの自分がどうだったか振り返ってみました。
まず、成績はABCの3段階でオールBでした。3段階の評価が始まる4年生になってから卒業までずっとB。
Aの数はクラス内で決まっていて、先生にはまっていないとAが取れません。試験はほとんど100点でしたが、他の児童の点数はわからないので、「自分がAを取れないのはみんなも100点だからだ」と思っていました。
試験の点数というのは、上限があるし、公立の小学校の試験のレベルなんてたかが知れています。賢さの尺度として心許ない。
小学校の友人たちに、当時の自分を説明するために、試験の点数を持ち出しても栓なきことでしょう。
当時の自分の優れていた点として挙げるならば、期待値の計算、合理的な推論、そして記憶力の3つです。
ぼくは事象の大体の発生確率とその発生のよって得られる正負の効果の大きさから期待値を計算する子供でした。
「これをやったら、Aが20%の確率、Bが80%の確率で起こるな。効果はAが100だとしたら、Bは-50だな。確率と合わせて期待値はー20だからやらない方がいいな」といったことをもっと雑に考えて、行動していました。
大人になっても期待値は計算しています。
期待値がマイナスなのに実行するのは不合理であり、仕事でも私生活でも不合理な行動は避けています。反対に、仕事の中で不合理な行動をする人は軽蔑しています。
子供の頃から、複数の情報を組み合わせて可能性の高い結論を導くような合理的推論も得意でした。
一般に推論は誰でも行いますが、可能性が低い選択肢を排除できない、あるいは情報収集能力や理解力が低いと「そんなわけないだろ」と他者から思われてしまう推論を導いてしまいます。
子供同士のコミュニケーションの中では大きな影響がありませんが、大人が社会生活の中で不合理な推論を吐露すれば、乱暴な言い方をすると「頭の悪いやつ」と認識されてしまいます。
私生活では頭の良し悪しは問題となりませんが、仕事をするうえでは奇天烈な推論を提示されることで時間を浪費するので、そのような人の意見は黙殺されることが多いため重要な能力です。
さらに、ぼくは記憶力が良い子供でした。
一般に記憶には記銘、維持、想起の3段階があり、平たくいうと、「覚えること」「覚えておくこと」「思い出すこと」の3つが記憶力を構成しています。
ぼくは記銘と維持の能力が比較的高かったように感じています。
年齢を重ねることで、だんだん記憶力が衰えてくると言いますが、3つのうちどれが衰えているのかを知ることで、対策が効率的になります。
▶続きの【後編】を読む▶3つの能力は子ども時代だけでなく、大人になってもやはり重要。__▶▶▶▶▶
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