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日本において、高齢者の賃貸物件への入居が難しい現状があります。理由の一つには、特に単身の高齢者が亡くなった場合に親族などに連絡がつかず、残置物の処理や契約解除手続きが進まない、という問題があります。
東京都内の不動産管理会社、アミックスの「見守り事務委任契約」サービスについて、同社の賃貸管理部 業務企画課の金子佳太さんに話を聞きました。
東京で賃貸住宅の管理を行う不動産会社・アミックスは、前向きに高齢者の受け入れに取り組んでいる会社の一つ。
業務の一環として管理物件に入居する高齢者と接することの多い金子さんは「一口に高齢者といっても、健康状態やライフスタイル、生活環境などによって大きな違いがある」と言います。
例えば、実際に金子さんが出会った80代のAさんは体が不自由でヘルパーを利用しつつも、部屋も綺麗に片付いていて明るい性格。今もご存命で金子さんと会話も弾みます。
対して、同じ80代のBさんはこれまでずっと一人で一生懸命に仕事をしてきた人。体が不自由になってもプライドが高く「自分は大丈夫」の一点張りで、行政サービスにも頼ることのないまま、残念ながらアミックスの管理する物件で亡くなられたそうです。
金子さんが出会った同じ高齢の入居者でもその反応には個人差がある(画像提供/アミックス)
Bさんのように「自分にはまだサポートは必要ない」という高齢の入居者がいる一方で、自ら「高齢になったので、生活について相談したい」と連絡をする人もいて、反応には個人差があるようです。
「普段から人と関わっていろいろな情報を持っている人は行政のサービスを受けることにも抵抗がないのですが、人との関わりが希薄な方は、社会的にも孤立して最悪の場合は孤立死(※)に至ることを目の当たりにしています」(アミックス金子さん、以下同)
(※)孤立死は孤独死同様、誰にもみとられずに一人で死ぬことを意味していますが、孤立死の方がより「家族や社会から孤立した死」というニュアンスが含まれるとする解釈もあります。当記事では、東京都の資料に準じて以後「孤立死」という言葉を使用しています。
増え続けている高齢者の孤立死しかし、このように高齢者の受け入れに前向きな会社はまだ少数派です。いざ高齢者が賃貸住宅へ入居しようとしても、認知症の発症や孤立死、それに伴う残置物の処理などを恐れて高齢者を受け入れないオーナーや管理会社が今も多く存在します。
なぜならば、入居者が居室内で亡くなった場合、賃借権は相続され、残置物も相続の対象となるので、オーナーや管理会社は勝手に処分できません。撤去するには、亡くなった人の戸籍をたどって遺族を探し出し、残置物処理の同意に関する手続きが必要でした。賃貸借契約時に残置物処理に関する取り決めがなされていないと、解決するまでに数年かかることもあります。その間オーナーは誰にも部屋を貸せなくなってしまったり、残置物処理や原状回復が済んで貸し出せたとしても、借主の心情に配慮して賃料を下げなくてはならなかったりするからです。
実際、高齢者の孤立死は今もなお一定数起こっています。
2022年版(令和4年版)高齢社会白書によると、東京都23区内における65歳以上の一人暮らしで、自宅で亡くなった人の人数は、2020年で4238人に上ります。
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東京都23区内における65歳以上の一人暮らし高齢者の死亡数は年々増え続けている(引用元/2022年版(令和4年版)高齢社会白書)
同調査の60歳以上の人へのアンケートでは、一人暮らしをしている人の半数以上が孤立死を身近な問題として感じており、高齢の入居者自身も孤立死に対する不安を持っている人が多いといえます。
60歳以上の人の3割超が孤立死を身近な問題と捉えており、一人暮らしの人に限っては5割を超える(引用元/2022年版(令和4年版)高齢社会白書)
増える孤立死に必要な契約の条件やサービスとは?このような課題を踏まえ、2021年6月に国土交通省と法務省から「残置物の処理等に関するモデル契約条項」が発表されました。これにより、司法書士などの専門家や不動産会社などの法人が入居者当人と生前に契約を結ぶことで、これまで遺族が行うのが前提となっていた死後事務や整理を第三者が行えるようにしたものです。
アミックスでも日々の見守りシステムに加えて、万が一のときには「賃貸借契約の解除」と「残置物の処理」をスムーズに行えるようにした「見守り事務委任契約」をスタートしました。ヤモリ社製の『みまもりヤモリ』という人感知センサー機器を使って日ごろの見守りを行います。定期的な巡回や、異変があったときに駆けつけるのはオーナーの賃貸をサブリースしている会社、つまり貸主にあたるアミックスが担当。そして、万が一、入居者が亡くなったときは死後事務の代行サービスを提供するリーガルスムーズ社が賃貸借契約の解除と残置物所有権放棄の手続きを代行し、家賃保証会社のエルズサポートにて明け渡し完了まで家賃保証されます。入居者の負担は月々3000円程度の利用料のみです。
アミックスの見守り事務委任契約のスキーム。家賃保証、見守りサービスに必要な器具の提供と運用、死後事務委任契約がセットになっていて、入居者もオーナーも安心できる(画像提供/アミックス)
「積極的な高齢者の受け入れは、空室を減らすための一つの有効な方策となるでしょう。同時にオーナーさんが安心して貸すことができるよう、リスクを減らしていく仕組みの構築が不可欠でした。
『みまもりヤモリ』からの通知や定期的な巡回で、何かあっても早期の発見が可能です。特殊清掃(遺体の発見が遅れ、遺体の腐敗などによりダメージを受けた室内を原状回復するための消臭、汚染除去など、特別な清掃)が必要になるリスクは軽減され、賃貸契約解除手続きや残置物処理まで行うことで、オーナーの負担は少なくなります」
高齢者受け入れが業績に及ぼす効果と、新たに見えてきた課題この見守り事務委任契約に関する問い合わせは月平均で30件ほど、多い月では50件以上。さらに入居前の面談をした高齢者で、見守り事務委任契約への新規の加入を希望する人は60件(キャンセル含む)を超えました。
アミックスの見守り事務委任契約に関する問い合わせは月平均で30件件ほど、多い月では50件を超える。2024年2月は、協力会社やシステムの切り替え時期と重なり、一時的に募集を止めていたが、徐々に数を戻してきている(画像提供/アミックス)
「高齢の方は、一度入居されるとライフスタイルの変化が少ないので、長く住まわれることが多いのが特徴です。高齢者を積極的に受け入れている当社では、受け入れが進んでいない一般的な賃貸住宅よりも解約の頻度が低いと考えられるため、これからも空室率が下がっていくことが期待できます」
アミックスの2024年3月期の実績は、管理戸数9531戸(委託管理を含む管理戸数は10,310戸)中、空室はわずか14戸、空室率約0.15%という好業績。一方で、実際に死後事務委任契約を締結した数は、アミックスの管理物件に入居する高齢者836名(2023年7月20日時点、予備軍含む)中53件です。
金子さんは「契約数は徐々に増えている」としながらも「反響や問い合わせがあっても、そもそも物件の入居申し込みに至らないことも多く、契約締結にまで繋がっていない」と分析しています。入居につなげていくには、高齢者にも住まい探しをする上での覚悟が必要だとも。
「残念ながら、高齢者に貸し出しOKで、家賃が安くて広い物件など、滅多にないのが現状です。1Kやワンルームの部屋も多く、これまで広い家に住んでいた人が、いきなり限られた広さの部屋に住むという現実とのギャップを受け入れられないケースも多いと思います。サポートシステムを整えるだけでなく、入居者には現実との擦り合わせも促していかなければなりません」
「見守り事務委任契約」のようなサービスが当たり前の社会になっていくために今後、高齢者を対象としたサービスが増えていくために考えるべきことを、金子さんは次のように話してくれました。
「賃貸管理業界においても効率化という名の下、アプリやコールセンターでの電話対応など、社員がお客さまと直接関わらない方向へと進みがちです。しかし高齢者はスマホを使いこなせない人も多く、自分自身の生活や命に関わることなので、密なコミュニケーションを必要としています。
時代と逆行しているようですが、私たちは既に入居されている65歳以上の方を個々に訪問してサービスの内容を説明し、安心に住んでいただけるように定期的に巡回もしています」
既存の入居者も年を重ねていずれは高齢者になる。アミックスは65歳以上の高齢者を一人ずつ訪問し、「見守り事務委任契約」について説明を行っている(画像提供/アミックス)
効率が重視される世の中でも、入居者一人ひとりと顔を見てつながっていくことも大事ではないか、と金子さんは言う(画像提供/PIXTA)
「さらに、入居者やオーナーさんへの提案で物件価値の維持、向上を図ることも大事です。例えば既に居住中の方も年齢を重ねると2階以上が住みづらくなることも起こり得ます。そのようなとき、1階への住み替えを提案し、オーナーさんには空室になったタイミングで適切なリフォームを提案するなどすれば、物件を長く保全することが可能です」
金子さん(右)は、アミックスで高齢者受け入れ促進のため、協力会社探しからシステムづくり、加入希望者の面談や入居後の訪問、自治体とのやりとりなども行っている。左は同じチームで事務を担当する小出真央さん(画像提供/アミックス)
高齢者の賃貸への入居が難しい問題は、いろいろなところで話題になりつつあります。今回紹介したケースでは多くの会社の協力を得て、さまざまなサービスを一つにまとめて提供できている点が大きな特徴ですが、このように高齢者への入居に対応している不動産会社はまだ多くはないのが現状です。
また、精神疾患や認知症の発症など、死亡事故以外の対応をどうするかも課題といえます。「一つひとつ解決し、行政や関係団体、企業などとの連携体制もさらに整えていきたい」と話す金子さん。時間をかけて高齢の入居者と向き合っていくには、さらなるマンパワーも必要でしょう。高齢者が住まいを借りるとき、このようなサービスが当たり前の社会になっていくことを切に願います。
●取材協力
株式会社アミックス
この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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