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ご両親と一緒に経営する会社で約50名の従業員を雇用しているYさん(56歳)。うち40名が女性で、全員をパートタイムではなく社員として雇用している点が特徴です。
昨今話題になることも増えた退職代行業者。SNSなどで目にするのは、たとえばブラック職場のパワハラから逃げるためにこうした業者を「使った側」の方々のエピソードがほとんどで、「使われた側」の話はさほど目にしません。ある日突然連絡を受けるといったい何が起きるのか、Yさんの体験を伺いました。
前編記事『「ある日モ〇ムリから電話がかかってきた」50人規模の事業所。対応が終わってから気づいた「それどころではない半端ない損害」』に続く後編です。(本記事はプライバシーの観点から一部の話を変えて記述しています)
8月のある日、突如として退職代行業者「モ〇ムリ」から電話を受けたYさんの事業所。法の定めにより「通告のみを行う」という体裁を取りはしているものの、単に返答を許さないだけの交渉だとしか思えないその内容にYさんはショックを受けました。
最終的に経営陣が話しあい、自分たちがこれだけショックを受けたのだからもっと立場の近いチームの人たちはもっと受けるだろうと、モ〇ムリから電話がかかってきたことは社内では明かさず、体調の問題で急遽退職したということにしました。
「私たちもこのウソをつくことが心苦しいのですが、それだけでなく、彼女が属していたチームのメンバーや直属の上司は『なんで私たちに何も言わずに消えたの?』と今でも動揺しています。いくら体調の問題でも、そんなことある……? ないですよね。何の前触れもなくメンバーがいなくなることがこんなにチームの士気を下げるとは、想像もしませんでした」
その背景に、「この会社って突然人がいなくなるような職場だったんだ」「私っていわゆるバックレがアリな環境で働いてるんだ」、そんなある種の自己否定が生まれたとYさんは感じています。何しろ真相を話せないわけですから、疑心暗鬼の空気を変える方法もない。何より、Yさん自身が半年近くふさぎ込んでしまいました。
「どれだけ明るく振舞っても『ここって退職しますと挨拶もせず、引継ぎもせず、蒸発するのがアリな組織だったんだ』。みんなの距離感にこれまでなかった遠慮や、ある種の自虐が生まれているのを感じると、気持ちが落ち込んでしまいます。あんなに唐突に蒸発することがあるんだという動揺が、誰の中にもくすぶっているんだなと感じています」
「ここまでお話して、もうひとつ、最近私の心に芽生えた疑問があります。こんなふうに、わざわざ自分の印象を悪くして辞めていく感覚が私には理解できませんが、でも、もしかして日本の多数派はすでにこういう時代になっていて、私が完全に取り残されているだけなのかもしれない。単に私がとんでもない浦島太郎なだけなのかもしれないって」
え、どういうことですか?
「むしろ彼女のように、代行を使って突然辞めてしまうことが普通の感覚になっているのかもしれない。もしかして、『何カ月も前から辞めますと告げてきちんと引継ぎをしてだなんてこと、法律で決まってもいないのにやる必要はないよね』なんて思うのが多数派だったりしない……?と」
iPhoneの登場は2007年、今回退職した女性が生まれた数年後です。この世代は物心ついたときすでにスマホが身の回りにあったのですから、たとえばレストランの予約、キャンセルもスマホのボタンだけでできる感覚でしょう。つまり、実際に人間に向き合って何かを断ることが過剰な感情の負荷になるのかもしれない、とYさんは感じたそう。
「となれば、これから社会に出てくる世代のみなさんにとっては、他人にキャンセルや予定変更などネガティブなことを伝えるのがとんでもないストレスというのが標準なのかもしれません。今回の彼女と私たちの関係が致命的に悪かったわけではないことから考えると、これはとても腑に落ちる想像なんです」
であるならば、自分で辞めたいと言い出せず、退職代行業者を使う人がこれからどんどん増えるのかもしれません、とYさん。
「就業規則の改変を社労士さんに相談しているところですが、今後は『退職時は必ず自分で意思表示をする』『引継ぎは必ず行う』という契約にサインが必要な時代かもしれません。さらにはもっとストレスなく意思表示できる方法を考えないとならないのかもしれない。それはいったいどんな方法なのか……時代が急に変わり過ぎて、どうしたらいいんだろう、考えても答えが出ません」
ただひとつ、とにかく退職されたあとの爪痕がすさまじいことだけは確実にお伝えしたいとYさんは念を押します。
「部下や雇用者を持つ同世代の皆様、どうかこうならないように日頃から心構えをなさってください。本当に、自分の仕事へのモチベーションもごっそり持って行かれます」
この記事のライター
OTONA SALONE|オトナサローネ
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