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私、暮らしや旅について書いているエッセイスト・柳沢小実が台湾の友人の家に訪れる本連載。3軒目でおじゃましたのは、スタイリスト&デザイナーであるヒッキー・チェンさんの台北・迪化街(ディーホワジェ)にあるご自宅です。彼女が住む、古跡級の住宅とシェアハウス事情について、お話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。柳沢さんと台北へ飛んで、自分らしく暮らす3軒の住まいへお邪魔してきました。静かな空間をめざして、迪化街へ
長いおつき合いのカメラマンさんに、何年も前に見せていただいた1枚の写真。台湾の古い住宅で、窓枠や床のタイルなどは長い年月を経た趣があって、ずっと記憶に焼きついていました。まるで映画のワンシーンのような神秘的な空間。現代の台北とは思えない、しんとした空気が漂っている。今回、縁あってこちらに伺えることになりました。
この家に住むヒッキーさんは、37歳のスタイリスト&デザイナー。主に映画やミュージックビデオで洋服や小物のスタイリングをしていて、イメージに合う既成服がなければつくることも多いそう。
彼女は、布地や小物の問屋がある迪化街(ディーホワジェ)で、外国人のルームメイト6人と家をシェアしています。
迪化街は台北市の西側に位置する、200~100年前に貿易や商売が盛んだったエリアです。歴史を感じさせる街並みは、日本人観光客にもおなじみ。
若い人を中心に、5年ほど前から台湾らしさを残す古き良きものを再評価する流れが起きて、クリエイターが流入し、迪化街は再び活気を取り戻しました。これは、東京東側エリアの状況とも似ています。
数年前から、街並みや景観の保護のために、迪化街周辺では古い建物の取り壊しや改装等が制限されています。古跡指定されている建物もありますし、古跡保護政策により新しい建物を建てる際の規制もあります。
台湾のヴィンテージ住宅へ潜入彼女たちの住まいは、日本統治時代以前の1885年に建てられた建物。前面はかつて貿易の会社だったそうです。
台湾の店舗物件は、うなぎの寝床のように縦に長く、前面が店、中庭があって、奥が住宅という構造です。どうやら店舗部分と住宅部分が分けて売られたようで、彼女たちは店の奥の住宅部分の2階と3階に住んでいます。
家の中に足を踏み入れると、人通りの多い迪化街の一角とは思えないほどの静けさが広がっています。石造りの教会のような、厳かな空間。ただ古いだけでなく、家主の細やかな心配りを感じさせる上品なしつらえ。
こんな建物は見たことがない。
後にも先にも、これほどに美しくて愛らしい住宅に入れる機会はないのでは、と胸が高鳴ります。
2フロアに6人が住んでいることからも分かるように、ここはかなり大きな邸宅です。コンクリート造で、昔の建物のため天井が高い。2階は10畳ほどの私室が4部屋とキッチン、トイレ。3階は私室2部屋とリビング、お風呂。一番奥にあるキッチンの形や場所から推測するに、お手伝いさんがいたのかもしれません。そのくらい大きな建物です。
昔の家は「風通しがいい=風水的にも良い」と言われたそうですが、たしかにここも建物のいたるところに窓が、中庭側とその逆側にはテラスがあって、爽やかな風が抜けています。
家そのものを活かした部屋づくりインテリアは、アメリカや南アフリカ出身のルームメイトたちの、外国人らしいセンスが端々に見られます。例えば、お祭りの被りものは縁起がいいものではないけれど、外国人には面白いみたいでインテリアに使っている。壁を塗ったりするのはOKだそうですが、家自体を変にいじったりはせず、元の良さをそのまま受け入れて住んでいます。
家具は拾ってきたものも多いのだとか。人が捨てた物を拾うのはよくあること。台湾の人たちはお正月の前に大掃除して不用品を処分しますが、迪化街はお金持ちが多いので、いいものが捨てられていることも。夜出して朝に回収依頼をするため、その間に拾ってくるそうです。
この部屋の大家さんは地元のおじいちゃん。住人代表のニュージーランド人が20年前にここを借りて、ヒッキーさん以外のメンバーは、20代後半~40代の男女。男女カップルもゲイの人もいます。
住人たちは台湾の英字誌『Taipei Times』のライターや英語教師、DJ、スペイン語の先生など、仕事も生活スタイルも全員バラバラ。短い人で半年、長い人は3、4年くらい住んでいるそうです。
住人代表とは趣味の友達で、「場所」「シェアハウス」「値段」の情報だけで入居を決めました。1回目、2回目で取材した方もそうでしたが、部屋を見つけるのは友人や知人からの紹介が多いようです。他の台湾の友人からは、大家さんはできれば信頼できる知り合いに貸したいため、しばしば不動産屋さんを介さずに直接交渉すると聞いたことがあります。
家賃は破格で、一部屋7000元(約2万4800円)+水道代。迪化街の人気が出てきたために、近隣は家賃が上がったりもしましたが、ここはそのままです。
新たな住人が入居する際は、全員で面接。0時以降は静かにする。恋人を連れてくるのはOK。居住者の友達がリビングなどに泊るときは、その旨メモが貼られることも。大人同士なので、特にルールは決めていませんが、お互いマナーは守っています。
ヒッキーさんはお父様が外交官だった関係で、かつては東京・恵比寿にも住んでいました。仕事は一人で作業する時間が多く、イメージに合わせて服を自作することもあります。この日着ていた服も、自分でつくったもの。仕事に集中したいので、友達ともあまり遊んだりはしないそうです。仕事と内面の世界をとても大切にしている彼女がこの家と出合ったのは、必然だったのかもしれません。
そんな彼女がシェアハウスとは少し意外に思えますが、「友達と住むのは気を使うけれど、彼らは外国人だからちょっと気楽」だと言います。ご両親とは週に1度会っていて、家族やルームメイトとの距離感がちょうどいいこの生活を6年続けています。
この家で最も好きな場所は、2階のテラス。猫が入ってきたり、窓から見ていたりするのもいい。この周辺は、夜はお店が閉まって静かで、家も大きいためとても落ち着くのだそうです。
「この家を出るのは、外国へ行くときか大家さんが売りに出すとき」
古いけれど考え方が新しいものが好きだというヒッキーさんは、この先どこでどのような暮らしをするのでしょうか。そして、台湾の宝物ともいえる美しい建物が、今後も良いかたちで守られていくことを、心から願っています。
あの家を訪れたのは、白昼夢だったのかもしれない。今でもそう、思っています。
>HikkyさんのHP
住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナルこの記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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