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「物を捨てたい病」を発症した「捨て魔」のゆるりまいさん。ドラマにもなったコミックエッセイ『わたしのウチには、なんにもない。』をはじめ、『なんにもない』シリーズを7冊出版。物を捨てたいけど捨てられない著者が、捨てる極意を学びにゆるりさん宅を訪ねた。
最初は身のまわりから「ゆるり」と。震災を機に一気に「捨て革命」
東日本大震災後に建て直したという仙台市のゆるりまいさん宅は、失礼ながら想像以上に立派でモダンな一戸建てだった。玄関に入っても靴が1足も出ていない。リビング・ダイニング・キッチンには、壁掛けテレビとラグ、ダイニングテーブルと椅子だけ。チリひとつない、ピカピカに磨かれたフローリング床が印象的だ。
モデルルームより家具が少ない、引越したてのようなガラーンとした部屋、棚もスカスカでディスプレイ棚のよう。やかん、炊飯器、電子レンジ、テレビのリモコン、ティッシュなど、普通の家にあるものが見当たらない。夫婦と母親、もうすぐ2歳になる長男、猫4匹が生活していて、こんなにキレイな状態をキープできるだろうか?
「物があふれて散らかっている『汚屋敷(おやしき)』に住んでいて恥ずかしいと気づいたのが高校生のころでした。祖母も父母も仕事にエネルギーを注ぐタイプで、家にこだわらない人。だから自分が片づけなきゃ、と思いましたが、結局物を捨てないとキレイにならないんです」と、ゆるりさん。
はじめから家族全員を巻き込むのは難しく、まず自分のまわりから、ちょこちょこと地道に捨て始めた。「最初は捨てられないと思っても、捨てているうちに訓練されて『捨てるハードル』が低くなってきます。捨てることに慣れると、今度は『捨てても困らなかった』という成功体験が積み重なって、どんどん捨てられるように。そして家がきれいになることがどんどん楽しくなっていきます」。それこそ「捨ての良循環」というものだろうか。
「一気に大量の物を捨てることは、よほどの心境の変化やきっかけでもないと難しいですね」。家族全員に『捨てる』暮らしが及んだのは東日本大震災のとき。家は全壊し、家具は倒れ、物は崩れ落ちた。物は凶器となり、ほとんどの物が瓦礫になった。本当に必要な物だけを持ち出そうとしたとき、持ち物の1/10にも満たなかったという。物はたくさんあるのに欲しい物や必要な物がなかなか見つからなかった。さらには、新居に引越す際の荷造りの大変さから、家族も物を処分することをついに決意したという。
「捨てられない人は「絶対にこれは必要」と思いこんでいるふしがあると思います。『家にはソファがないとダメ。ソファがあって当然』と思っていると捨てられない。なければないでだんだん慣れてきます」
「捨てる」「とっておく」の選別は難しい。筆者のように捨てられない人は、捨てた後に「とっておけば良かった」と後悔するのが怖いのだが、ゆるりさんが捨てて後悔したのはひとつ。「そういえば捨てなきゃ良かったと思うのは、昔の家の門の鍵かな。アンティーク調のすてきなデザインで、もうどこにも売っていないので」。そういった貴重な物を除いて、ほとんどの物は捨てても買い直せるという。
「造作家具とたくさんの収納スペース」で家具がほとんどない家を実現家を建て替える際、地震で倒れる可能性がある収納家具は置きたくないため、造りつけの棚、収納スペースをたくさん造ることを要望した。また、以前の家のキッチンは、寒い北側にある独立型で、調理している人が孤立していたことから、フルオープンではないが、料理をしている人に声をかけられるキッチンを希望した。「玄関から入ってくるお客さんからキッチンが丸見えになりますが、キレイにしようという緊張感があるのはいいかもしれないですね」
収納スペースを見せていただいたが、パラッと物が置かれていて、空間のほうが多い。家族全員の服や小物が重なった山が点在し、自分の物を探すのにひと苦労した『汚屋敷(おやしき)』時代の反省から、ひと目で全部見渡せる、どこに何があるか分かるクローゼットを実現したという。
服は必要最小限で着まわすが、バッグや靴にはこだわりがあって捨てられないものがあり、比較的多めに残している。女性の場合、「仕事のときの服、山や海などアウトドアに遊びに行くときの服、パーティーや同級会に出席する服、冠婚葬祭用のあらたまった服」など、TPOに応じた洋服が必要なのでは、と疑問をなげかけると「それほど交際範囲は広くないし、海や山にも出掛けないので」とさらりと答えが返ってきた。余計な物を持たない暮らしは、シンプルな暮らしとリンクしてこそなのだ。私は買って一度しか使わない「○○用のアレ、○○のときに使うコレ」をどれだけ持っているのだろうか……と反省しきり。
そして、ゆるりさんの仕事部屋は、猫4匹が頻繁に出入りする。雑貨が好きで、かわいい雑貨を飾っていたこともあったが、猫たちが走りまわって片っ端から物を落としたり、おもちゃにして遊んだり。また、ビニールの袋類を飲み込んでしまうこともあり、危険だった。そして「猫の安全のため、自分のためにも猫が走りまわったときの障害物をなくそう」と仕事部屋にも何も置かないことにした。面倒だが使うときは「いちいち出す」のが習慣になっている。
模範となり時間をかけて「捨てられない」家族の協力を得るゆるりさんが高校時代に「捨てる」ことに目覚めて、実際に「なんにもない部屋」になるまでは、家族の協力が得られず、8、9年かかった。捨て魔で、物を持ちたくない自分と、片づけが苦手で「捨てる」という言葉にも過敏に反応した母と祖母。「今では断捨離とか、ミニマリストという言葉も生まれましたが、当時は捨てること自体がもったいないとか『物を粗末にしてはいけない』と、拒否反応を示していました」。家族と何度も衝突し、心が折れたり、諦めたりしながら、せめて自分のまわりだけは理想の空間を得ようと試みた。
「最初は家族だからこそ強く言ってもいいかな、と家に長くいるのは自分だから好き勝手にやっていた時期がありました。でも、自分が捨てたくても家族にとっては大事なものがあるから、無理強いはできない。無理やり捨てると、後々までしこりが残り、反発しか生まれない。話し合い、時間をかけて徐々に理解してもらいました」。決定打は、大震災。「災害は人の価値観を変えますね。大事にしていた物も簡単に壊れて物のはかなさを実感しました」。そして一気に「持たない暮らし」が加速した。
リビング・ダイニング・キッチンなど共用スペースは、極力物が少ない「ガラーン」状態にしたが、各自の部屋では好きなインテリアを楽しむという家族のルールを決めた。ゆるりさんは、自分自身のスペースをきれいにして、家族に「物が少なくても大丈夫」と思わせることに成功した。小物を飾るのが好きな母親も「なんにもない空間」がキレイでラクだと分かると、次第に協力的になっていった。「片づけは伝染しますね。楽しそうに捨てていると、周りも整理したくなるみたい」
震災後、結婚した夫は「君がやりたいようにしていいよ」と協力的なのも幸いだった。その後、子どもが生まれ、子育て生活が確立するにつれて、また物の価値基準が変わったという。子どもの服はあっという間にサイズが変わる。「値段が高い物がいい」「これでそろえなきゃ」という力みがなくなった。もともと「物を100持つより厳選した10の物を持ちたい」のがモットーだったが、「短期間で買い替える消耗品はこだわらず、長く使う物はいいものを選ぶ」と区別するようになった。
子どもがいると部屋は当然散らかるが「子どもには物が少ない生活を強制する気はありません。自分の部屋におさまるなら、好きなものはとっておいてほしい。ただ、出したら自分のスペースに片づけることを習慣にしたいですね。持たない暮らしをしていると、家族の理解こそないがしろにしてはいけないと思うようになりました」としみじみ語る。
捨てて捨てて「なんにもない」暮らしから得たものは?「なんにもないわが家流の暮らし」を実現し、ずっとあこがれてきた、友人をいつでも呼べる家。すっきり広々とした空間。物が探しやすい便利さが手に入ったゆるりさん。そのほか「なんにもない暮らし」を実現することで得るもの、変化を聞いた。
「まず、掃除がラクになったと同時に掃除が好きになりましたね」。集中して掃除をするのは1日に1時間半位だが、常に片づけているそう。「常に片づけている、といっても、持ってきて使ったらしまう、出したら戻すが癖になっているので苦になりません」
夫の仕事が忙しい時期に、帰宅して「家が片づいていると何も考えなくてすむから楽でいいな」と言われたひと言がうれしかったという。確かに、忙しい時期に家が散らかっているのはストレスになるものだ。ゆるりさん自身も、物が少ないと雑務が気にならず仕事に集中できるという。
部屋がきれいに片づくと空気まで変わる。「昔の家では窓の前に物がたくさんあって、窓を開けるだけでもひと苦労で、窓を開けたこともほとんどありませんでした。開けても風を入れたらチリやホコリが飛んだりして。同じ風でも、掃除が終わった後のきれいな空間を風が通ると部屋が浄化されるよう。何にも変えられない気持ち良さがあります」と話す。
心境の変化もあった。「物をもたない暮らしをする人には、物にあまり興味がない人と、物がものすごく好きな人と2種類いると思います。私の場合は、基本的に物がすごく好き。いらない物を捨てることで自分にとって大好きな物が見えてきて、大切にしたいと思うようになりました」。いらない物を捨てることで「なぜ買ったのか、なぜ捨てることになったのか」を反省し、買い物の失敗、無駄遣いが減るという経済効果もあった。
そして、家の中をキレイに片づけておくことは「安心・安全に住む」ことでもあると、震災を経験して知ったゆるりさん。新居は、「災害のときに危険がない家、すぐ逃げられる家、すぐ物を取り出せる家」を心がけた。玄関脇にはいざというときに必要な物を、整理整頓して収納している。
熊本地震のときもだが、災害があるたびに「なんにもない暮らしを参考に物を捨てていて良かった」と何かしら感謝のメールをもらうという。「被災して家がなくなった自分の経験が誰かにつながっていることを考えると、自分の生活をさらけ出して書いて良かったと思います」
「捨てたい病」を発症し情熱と理想をもって「捨て道」を突き進んできた自称「捨て魔、捨て変態」のゆるりさん。「神経質そう、疲れそう」と想像する人もいるかもしれないが、名前のとおり「ゆるり」としたスタンスで、周りには穏やかできれいな空気が漂い、幸せオーラ、安定感が感じられた。物を持つ自由、持たない選択。どちらにしても、自分で管理できるだけの物を厳選して、丁寧に手入れして長く使うことが大事だと再認識した。「持つ、持たない」の線引きは人それぞれ、自分自身や家族と向き合い相談して決めることとしよう……。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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