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人類が初めて到達した地球外の天体、“月”。2017年は、世界初の民間月面探査レースに挑戦する日本の宇宙開発チーム「HAKUTO」が無人ローバーを月面に送り、レースの優勝とともに有人基地候補地の探査を目指しています。ということは宇宙移住の実現も、そう遠い未来の話ではないのかも? では、もし月に家を建てるとしたら、どんな構造や設備を備えた家が望ましいのでしょうか。宇宙を専門に執筆活動をされている林公代さんに疑問をぶつけてみました。
月の家は放射線や隕石からの防御が肝要!
地球とはまったく異なる環境になる月に住む場合、真っ先に考えないといけないのは、“放射線の防御”だそうです。
「地球と違って大気がなく、太陽や宇宙からの放射線がダイレクトに降り注ぐため被ばくしてしまいます。放射線もさることながら、日向と日陰で200℃以上の温度差がある厳しい環境ですし、隕石も直接落ちてきますから、外壁だけで守るとなると建設が大変で膨大なコストもかかります。そこで、現実的なのが月の表面ではなく、地下や洞窟で暮らすこと。ちなみに、今一番ホットな話題が日本の月探査衛星『かぐや』によって、その存在の証拠が発見された“溶岩チューブ”という地下空間です。ここに住むのが一番手っ取り早いんじゃないかと期待されています」(林さん、以下同)
溶岩チューブの中で暮らすとしても、家を形づくる建築資材も必要です。そうした資材は現地調達を考えるべき、と林さん。
「月に資材を運ぼうとすると、1㎏=約1億円とも言われる桁違いの運搬費用が掛かります。現地調達を基本にしたほうがいいでしょう。じつは、JAXAが民間企業や研究機関と協同研究する『宇宙探査イノベーションハブ』という組織が、2015年に設置されました。その一環で、三菱マテリアルなどと協同で、月面にある資材を用いた建設資材の研究が行われています。具体的には『レゴリス』と呼ばれる、微小な天体や隕石の衝突によってできた月面を覆っている粉末、いわゆる月の砂を活用して建築素材をつくる研究です。古代ローマセメントとしても知られ、強度が高い“ジオポリマー”の新しい製造手法を開発するもので、月で家を建てる際の資材として活用できるのではないかと考えられます」
また、家の内部についても、暮らしやすさを考えるうえではちょっとした工夫が求められる模様。
「月には6分の1の重力しかないため床と足の摩擦力が低くなり、歩いていて急に体を止めることが難しいと考えられます。なので、廊下には障害物がないようにしたほうがいいでしょう。幅も1m40㎝以上が必要だというデータもあります。あとは、マニアックですが階段1段当たりの蹴上寸法もポイントです。これは見解が分かれる部分でもあるのですが、例えば昇降するための日常使いの階段は3mの高さに対して、3段くらい用意されていればいいようです。つまり足の踏み込みの力で体がそれだけ浮くということなんです。よって、天井の高さも3m以上は必要だと言われています」
室内の細部も月仕様に! エネルギーの確保や健康維持にも配慮をまた、酸素がない月での生活は、空気の漏れが生死にかかわるため密閉性も大切。さらに、エネルギー源の確保も重要だといいます。
「月は真空で空気がないため、酸素が漏れないようにしなければいけません。宇宙ステーションも同じですが、穴が開くと危険……というか、死を意味します。そのため、密閉したうえで酸素を充填し、二酸化炭素を除去する住まいの環境づくりが必要です。次に人が生活する上で欠かせないエネルギー源ですが、太陽光発電が現実的でしょう。ただ、月は昼と夜がそれぞれ約2週間ずつ続くので、上手く蓄電をしなくてはいけません」
となると、空間がどうしても閉塞的になってしまうので、室内の色についても工夫したほうが良いようです。
「人工照明は欠かせないと思います。月の一日はすごく長いので、体内リズムを整えるために、24時間のサイクルをあえてつくらないと不調になってしまいます。しかも、月は大気がないので昼間であっても、地球みたいに空が青くなりません。真っ暗な空に太陽がギラギラと輝いているだけです。そこで建設会社では室内照明や色調の研究も行っています。例えば室内をブルー系統にすると広く見えると同時に血圧を下げ、筋肉の緊張を和らげる効果があるそうです」
さらに、運搬コストの問題から水や植物も、月面で補充する必要があります。
「月に水があるかないかはずっと論争の種です。水がある可能性が残っているのは、月の極地方です。もしかしたら、そこに水が残っているかもしれません。残っているのであれば、人間が暮らす地域の第一候補になるでしょう。また、植物工場も必要になってきます。今、宇宙ステーションでロメインレタスなど栽培していますので、これは比較的現実的かもしれません。ちなみに動物性タンパク質として、蚕を持っていく案をJAXAや大学で検討していたこともあります」
また、外で活動する際に宇宙服にレゴリスがくっつき、それを吸い込むと肺に悪影響を及ぼす可能性があるため、玄関ではエアーで砂を落とし、全部脱いでキレイにしてから室内に入るための空間が必要になるなど、健康を維持するための設備も配慮したほうがいいようです。
ちなみに、こうした“月の家”は国内大手の建設業者中心に、真剣に考えられていたこともあるそう。林さんいわく「清水建設は半地下型、大林組は螺旋タワーみたいな月面ホテル」だったとか。これらは、バブルのころの話ですが、現在はさらに地に足がついたものを検討しているとのこと。
とはいえ、人間の住まいとして実用化するまでには、まだまだ技術の進歩が必要。長い年月が掛かりそうですが、もし月に住まいができたら林さんには、やってみたいことがあるそうです。
「月は6分の1ですが重力があるので、ぜいたくですけど月でお風呂に入ることもできるワケです。ちなみに、宇宙ステーションでは水は球状になってしまうので風呂には入れません。月での最高のぜいたくってお風呂じゃないでしょうか。お風呂に入りながら、地球が昇ってくる“アースライズ”を眺めてカクテルを飲みたいです(笑)」
夢がふくらむ月の生活。私たちが生きているうちに、実現することを祈るばかりです。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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