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近ごろ40代以上の大人世代にも、シェアハウスの人気が広まっています。それを受けて新しいタイプのシェアハウスを運営する、個性的な大家さんも増加中。今回はそれぞれ神奈川と調布でシェアハウスを運営する、新米大家さんふたりをご紹介します。元・外資系IT企業の営業職の大家さんに、元・ラジオディレクターの大家さん。セカンドキャリアで大家さん業に挑戦する彼らは、どんな思いをもっているのでしょうか。
成熟した大人のシェアハウスを運営する、セカンドキャリア大家さん
シェアハウスは若い世代のもの、というのは既に過去の話。“集まって住まう”ことが浸透した昨今、成熟した大人がシェアハウスを選ぶケースも増えています。長いキャリアがあり、スキルや社交性が磨かれた大人世代だからこそ、シェアハウスでの暮らしが豊かになるメリットもあるようです。
そんな毎日を充実させるキーパーソンは、仕掛人である大家さん。今回は、大人世代が多く住む高感度シェアハウスを運営する大家さんふたりに取材しました。共通するのは、それぞれ別のキャリアを経て大家さんになっていること。彼らが運営するシェアハウスは、どちらも昨年オープンしたばかり。シェアハウスの新しいスタイルを模索しながら精力的に活動中です。
代々受け継ぐ不動産を“負動産”にしない! 大手企業から覚悟の転身京浜急行本線神奈川駅から徒歩5分、東急東横線反町駅から徒歩6分、JR東海道本線横浜駅から徒歩11分。標高40mの丘の上に立つ「しぇあひるず ヨコハマ」は、築60年の鉄筋コンクリート住宅をフルリノベーションした2棟のシェアハウスです。大家さんの荒井聖輝(あらい・きよてる)さんは昨年に親族が1953年から住んでいた土地の共同住宅を引き継ぎ、大家さんになりました。以前の荒井さんのキャリアは外資系IT企業の営業職。しかし大手企業で働き、充実した生活を送るなかでも、いつか親から物件を引き継ぐことは、常に意識していたといいます。
「元々のアパートは、ずっと母や親族が運営していました。親族が建物を所有している以上、売るにしても引き継ぐにしても手間もお金もかかります。同じ大変なことならば引き継いで、自分らしく発展させていこうと思ったのです。大家さん業を継いだというと、楽をしていると誤解されることもありますが、今や不動産を継ぐことが必ずしも利益になるとはいえない時代。空き家が目立つ地域ではむしろ相続した建物が重荷になり、売ることもできずに放置されるケースもあるそうです」(荒井さん)
荒井さんは老朽化した建物に大金をかけて設備や耐震性をアップしました。それだけの覚悟をもって、アパートを引き継いでいくのは、代々受け継いだ土地に対する愛着とポテンシャルを感じていたからです。
大家業を、土地を活性化するソーシャルビジネスの軸に「『しぇあひるず ヨコハマ』がある神奈川という土地は、江戸時代に横浜に先駆けていち早く海外に開かれた国際都市でした。ところが今となっては、最寄りの神奈川駅は京浜急行本線で乗降者数が最下位になるなど、当時の面影はありません。大家を継ぐにあたって勉強するうち、社会的な課題をビジネスで解決するソーシャルビジネスという概念を知りました。そこで大家業を、物件を軸に地域を活性化するビジネスに成長させたいと考えるようになったのです」(荒井さん)
そんな想いを込めて運営するシェアハウスは、鉄の外階段がアクセントとなったモノトーンの外観や、船室をイメージした共有ラウンジなどが、まるでおしゃれなゲストハウスのよう。広い敷地には庭があり、畑もあります。また丘の上にあるが故にその眺望の良さもポイントに。360度遮るもののない屋上からの眺めは抜群で、ベイブリッジや富士山を望むことができます。
「海や山、都市の姿が一望できる高台は、かつてアメリカ領事館などの重要な拠点が置かれた好立地です。この土地の建物をもっとアクティブな場にするには、まちに開かれたシェアハウスにするのがよいだろうと思いました」(荒井さん)
ターゲットは所ジョージ世代⁉︎ シェアハウスを地域に開く住人とは「しぇあひるず ヨコハマ」では、横浜の花火大会のビューイングをしたり、住人主導の音楽会やバーがあったりと、数々のイベントを開催。住人だけでなく、地域の人も巻き込んだ交流の場となっています。時には海外のミュージシャンにホームステイの場を提供することも。これだけの活動ができるのは、荒井さんのアイデアや機動力に加えて、住人たちの力によるところも大きいとのこと。そういった住人が集まったのは、偶然ではないそうです。
「このシェアハウスの住人は40歳以上の方が多いのですが、それは当初から狙っていました。イメージしていたのは、成熟した大人で、仕事以外にも没頭している世界がある人。例えば所ジョージさんのようなイメージです。そういった人を呼び込むために、インテリアも大人の遊び心を感じさせるものにしました」(荒井さん)
最初に集まった住人は、プロのミュージシャンや環境問題のNPOの代表、女性起業家など、自立しつつ多彩な引き出しのある大人たち。そんな住人が自らの人脈を地域とつなげることで、場が活性化していったのは、荒井さんのもくろみどおりでした。また、社交的でありながら落ち着いた世代の住人がいる安心感からか、ファミリー世帯の入居希望者が増える相乗効果も生まれているといいます。
「今は入居希望者に部屋数が追いつかないので、周囲の空き家と連携する計画を進めています。提携した家に住んでいる人には、一定の共益費を払ってもらえば、クラブのメンバーのように『しぇあひるず ヨコハマ』の共有スペースを使えるようにしたいのです。最終的には幅広いの世代が交流できる開かれた地域づくりに発展させたいですね」(荒井さん)
歴史ある地域を活性化したい大家さんと、その思いに呼応するように集まった大人世代の住人たち。オープンして間もないながら、既に土地のもつポテンシャルを引き出しつつあるようです。
主婦の経験から地域のつながりの大切さを感じ、大家さんに京王線調布駅から徒歩16分の「MDL Apartment」は、まるで外国に迷い込んだようなファンタジックな外観が特徴的なシェアハウス。建物の外部に面している共有ラウンジはカフェのようにおしゃれで、幼稚園へお子さんを送りに行った後にママ同士が交流するなど、住人が自由にくつろげる空間となっています。また、朝10時から夕方17時までは地域の方々にも開放されていて、お買い物や犬の散歩の途中に立ち寄って一息つけるような場所としても使われています。大家さんの豊田亜古(とよだ・あこ)さんがいるときは、住人以外の人ともおしゃべりを楽しむことにしているそう。
地域に開かれた共有ラウンジをつくったのは、豊田さんがこのシェアハウスのコンセプトをつくったきっかけに関係があります。
「この土地には私の夫の実家が代々暮らし、倉庫業を営んでいました。私も結婚してからはこの地に住み主婦として子育てに奮闘していたのですが、そのなかでも年に一回クリスマスマーケットを企画し、軒先で小商いを行っていたのです。毎年クリスマスマーケットを開いていると、地域の人の顔が見えて来ます。自分が手づくりした作品を持ち込むアマチュアアーティスト、マーケットを楽しみにしてくれる子どもたち、毎日やって来てはひとつひとつお気に入りを買っていくお婆さん……。地域には、こういったつながりがもっと必要だと感じました」(豊田さん)
家族が倉庫業を廃業し土地の新たな活用を考える際に、豊田さんはクリスマスマーケットで感じた地域への想いを形にするために、シェアハウスを運営することにしました。外に開かれた共有ラウンジは、いわば軒先マーケットの進化版。普段から住人以外の地域の人も排除せず、もちろんクリスマスの時期にはマーケットも行います。
演奏家用の防音室や、料理家向けハーブ園も。プロ仕様の個性的な部屋実は豊田さんは、以前FMラジオ番組のディレクターをしていました。さまざまな才能が集まる番組をディレクションした経験が活きているのか、マンションの部屋づくりもユニークです。
「共用部には、このラウンジのほかにも音楽家用の防音室があります。1階の部屋は中庭に開かれていて、例えば絵を描く人がギャラリーとして使いお客さんを迎えたり、マッサージなどのスキルがある人がサロンを開いたりできるようにしました。さらに、キッチンスタジオを想定したお部屋もあるんですよ。ハーブやちょっとしたお野菜を育てるシェアガーデンつきで、そこでお客さんをもてなすこともできます」(豊田さん)
住む人の個性を活かす部屋づくりにひき付けられ、音楽家やイラストレーターなどの個性的な住人が集まっています。時には演奏家同士がセッションを行い、即興の演奏会が開かれることもあるそう。まるでドラマのような場面が日常的に展開されているようです。
ママとお子さんにも人気。優しい“ばあば”の存在が安心感にもうひとつ豊田さんも想定外だったのが、子どもを持つ人が多く住んでいること。ファミリータイプの部屋がないのにもかかわらず、ママとお子さんの母子家族の入居希望者が多く、今は数組が暮らしているとのことです。
「私の子どもたちは未婚ですが、一足早く“ばぁば(おばあちゃん)”になった気分を味わっています。私がこのラウンジに居ると、保育園から帰った子どもがママとひと休み。おやつを食べながら今日の出来事をお話ししてくれるんです。ある日の夕方、ラウンジを閉めようとしていると外で泣き声が聞こえました。ドアの外で入居しているお子さんが泣いているんですよ。ママのお迎えが少し遅くなって、私がラウンジに居る時間に間に合わなかったのが、悲しかったみたい。それからは、帰ってくる子どもたちを迎えるまで、心配でラウンジを閉められなくなってしまいました(笑)」(豊田さん)
シングルマザーでなくても、子育て中は何かと孤独に頑張ってしまいがちです。子育て経験豊富な優しい大家さんが日々子どもたちと接してくれれば、親も子も安心感をもてるでしょう。
若者世代にとってシェアする暮らしの一番のメリットは、家賃が安く済むこと。一方で成熟した大人世代がシェアハウスを選ぶのは、家賃の安さよりも、自身がもっているスキルや人脈を分け与える存在、あるいは抱え込んでいる人生の重みを少しだけ支えてくれる存在を、求めているからなのかもしれません。そういったニーズに着目し、個性的なシェアハウスを運営する大家さんは今後も増えていきそうです。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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