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一戸建ての購入を検討するとき、予算や通勤の利便性は優先順位が高いという人が多いのではないでしょうか。そんなとき、「できるだけ安く家を購入×できるだけ快適な通勤を」と考えてみると、東京23区内で条件に見合う物件を探すのは至難の業。しかし最近は、新幹線で通勤できる郊外で住宅購入した人を対象に新幹線通勤補助を行う自治体が増え始め、にわかに注目を集めています。そこで今回は「郊外で家を買って新幹線通勤」は本当におトクなのか、検証してみました。
そもそも新幹線通勤補助って何?熊谷市役所へ突撃リポート
新幹線通勤補助とは、自治体が通勤に新幹線を利用している住民に補助金を支給する制度のこと。長野県の佐久市や新潟県の湯沢町など、近年、この制度を導入する自治体が増えているのです。埼玉県の熊谷市もそのひとつ。そこで今回は熊谷市役所を訪ね、企画課の松本さん、市原さんに新幹線通勤補助について聞いてきました。
――熊谷市では新幹線通勤にどれくらいの補助が出るのでしょうか?
松本さん 当市では、移住促進の一環として住宅購入に対するさまざまな助成を行っています。新幹線通勤補助もそのひとつで、2016年4月1日から2019年3月31日までに、当市内に住宅を購入および転入し、新幹線を使って通勤する方を対象に、定期券の有効期間の初日から2年間、月額最大2万円までの補助金を支給しています。
市原さん 新幹線通勤補助を受ける条件に5年以上居住する意思があることと定めているので、2年間という期間は短いと思われるかもしれませんが、これは当市に移住された方が新しい生活に慣れるまでの期間と捉えています。新幹線通勤で長距離移動の負担を軽減することで、少しでも当市での暮らしになじんでいただく助けになるとうれしいですね。補助がある間は新幹線通勤をして、生活スタイルに応じて在来線に切り替えるという選択肢もアリですよ。
――新幹線通勤補助制度への反響はどうですか?
松本さん イベントやホームページなどで制度を周知していますが、それに加えて、いろいろなメディアで取り上げていただく機会も増え、多くのお問い合わせをいただいています。残念ながら条件に合わないという方もいらっしゃいますが、たくさんの方に興味をもっていただけていると実感しています。現在、熊谷市内から東京に通勤されている方が7000人くらい(※1)いて、そのうち2000人ほど(※2)が新幹線を利用しているというデータもあります。交通費を余分に払っても、通勤時間をゆったり快適に過ごしたいという希望をもつ人は、意外と多いのかもしれませんね。
市原さん 熊谷市だけでなく、埼玉県北部全体で人口減少や少子高齢化が進んでいます。その対応として7市町(熊谷市・本庄市・深谷市・美里町・神川町・上里町・寄居町)共同で埼玉県北部地域地方創生推進協議会を立ち上げ、「埼北移住」という移住促進のプロモーションなどを行っています。埼玉県北部というのは東京からは遠くて不便という印象をお持ちの方も多いと思います。しかし熊谷から東京まで新幹線なら40分ほどですから、実際に通ってみると思ったよりラクだったという声もいただいています。興味をもたれた方はぜひ一度、熊谷まで足を運んでみてください。
※1.総務省「平成27年度国勢調査」より
※2.JR東日本「新幹線駅別乗車人員(2015年度)」より
満員電車で延々揺られるより新幹線通勤が快適なのは何となく想像がつきますよね。でも自腹で毎月数万円と言われたら、ちょっと腰が引ける気もします。そこで熊谷で家を買って東京まで通勤しているSさんに、新幹線通勤のほんとのところを聞いてみました。
――新幹線通勤ってそんなに快適なんですか?
快適ですね。自由席が少なくなる休日の出勤を除けば、これまで通勤で座れなかったことはないですし、シートがゆったりしているので全然疲れません。私は本を読むことが多いですが、パソコンで作業をしたり、食事をする人もいます。仕事が忙しくて疲れているときなどは寝て過ごすこともあります。行きは終点の東京までなので、寝過ごす心配もないですしね。新幹線に乗っている間はいわばフリータイムです。
それに天候が悪くてもほとんどダイヤが乱れないんです。雪の多い地域を通過する北陸新幹線を利用しているからかもしれませんが、とにかく悪天候に強い印象ですね。これを経験してしまうと、私はもう在来線通勤には戻れないです。
――とはいえ不満だってありますよね?
本音を言うと、一番はお金ですね。新幹線の定期代と、在来線の定期代の差額が4万円弱。私の場合は会社が差額の半分まで支給してくれるので、新幹線通勤補助を加えると自己負担額は毎月1万円程度で済んでいます。これがもし、市からの補助がなくなる3年目以降が2万円ではなく4万円の自己負担だったとしたら、おそらく妻を説得できなくて在来線通勤になっていたと思います。
実は勤務先が品川なので、東京駅から山手線に乗り換えなければなりません。5駅程度なので、乗ってしまえばそれほど苦痛ではありませんが、品川駅のホームの大混雑を抜けるのは苦手ですね。
それから仕事が終わってから飲みに行く機会も減りました。新幹線の最終は23時ですし、在来線もあるので熊谷までなら意外と遅くでも帰れますが、それでもうっかり終電を逃したら目も当てられませんから。楽しいとついつい長居してしまいがちなので、飲みに行くときは「明日も仕事だから早めに解散」という流れになりやすい、火曜や水曜を選んでいます。
あともうひとつ、帰りは終着駅じゃないので、うっかり寝過ごすと、折り返せたとしても乗車料金がかかりますし、終電だったりしたら始発を待たないと帰れなくなるので寝られません。だから眠いときには座席に座らず、デッキで過ごすようにしています。それでもいざというときにはドアの脇に格納されている補助いすに座れるので、満員電車に揺られるよりはマシだと思っています。
――熊谷で家を買うことに不安はなかったですか?
私は実家が熊谷なので、通勤の問題さえクリアできれば不安はなかったですね。実際に通勤時間はドアドアで1時間少々なので、以前住んでいた川崎と大差はないんです。むしろひどいときは足が浮くくらい超満員で、遅延も少なくない在来線通勤だったころに比べたら、格段に快適と言えますね。
それに妻の実家も川越なので、もともと埼玉県内で東京に通勤しやすいエリアに絞って家を探していたんです。実際に浦和や大宮などの家も検討したのですが、やっぱり高いんですよね。わが家は子どもが男の子ふたりということもあり、予算を考えるとどうしても手狭感が否めませんでした。それならいっそと熊谷で土地を買って家を建てることにしたんです。
熊谷はのびのび子育てしたい人には向いていると思いますよ。保育園も比較的多いので、特定の保育園にこだわったりしなければ入れないということはまずないと思います。ただ、子どもが小学校に上がったら働きに出たいママさんたちは注意が必要かもしれません。私の妻も仕事に復帰する際、学童保育に申し込んだのですが入れませんでした。幸い私の実家が近くなので、放課後は両親に預かってもらえますが、地縁のない人は困るかもしれませんね。
新幹線通勤を始めてから帰宅時間が早くなったこともあり、夜ランニングをするようになったんです。荒川の河川敷は対岸にゴルフ施設等の明かりなどが灯っていて、夜でも真っ暗にはなりませんし、散歩をしている人も多いんですよ。もともとジムに通ったりしていなかったのですが、心地よい自然環境が身近にあると、体を動かしたくなりますよね。
東京のほうが交通手段も、商業施設や娯楽施設も圧倒的に豊富で便利です。とはいえ何でも買える分、ついついお金を使ってしまう気もするので、浪費癖がある人なら新幹線代を払っても郊外に住むほうが、案外お財布には優しいかもしれませんね。
仕事の後にもかかわらず、終始にこやかに質問に答えてくださったSさん。この日も新幹線で熊谷へと帰るべく、さっそうと改札をくぐっていきました。
東京と郊外エリア。家を買うならどっちがお得?※1.新築分譲一戸建ての平均価格を基に算出。住宅ローン金利は1.36%(25年固定)、ボーナス払いなし、自己資金は物件価格の10%とする
※2熊谷市の通勤定期券の自己負担額は、1カ月の新幹線定期の額を69,960円(東京-熊谷間の新幹線定期券の額)、勤務先などから支給される通勤手当の額を30,610円(東京-熊谷間の在来線のみの定期券の額)として算出
新築分譲一戸建ての平均価格を比較すると、東京23区は熊谷市の2倍以上。これなら新幹線通勤費用を加えても東京23区で家を買うよりお得な気がします。しかし郊外で家を買い、東京に通勤する対価として、お金には表れないリスクも考えなければなりません。
「都心は移動や通勤が便利だけど、住宅も物価も高い。郊外は移動や通勤が大変だけど、住宅も物価も安い。仕事を重視すると都心で、子育てや休日を重視すると郊外、といった考え方もありますが、価値観は人それぞれ。老後の生活をどこでどのように送りたいかも考えて、住まいの地域を決めることも重要です。お金では計れない精神的な満足度の高さなども考慮しましょう」と、ファイナンシャル・プランナーの菱田氏も語るように、損得を考える前に、まずは自身のライフスタイルと向き合うことが大切ということですね。
家が安い、通勤が快適という価値の大きさは個々人の性格やライフスタイルによって変わるものですから、何に時間を使いたいのか、そのためにどれくらいの労力や費用負担なら許容できるのかということをしっかりと考える必要があります。その上で通勤電車が快適になるならリスクに目をつむってもOKという人であれば、新幹線通勤が可能な郊外で家を買うという選択にも検討の余地はあるでしょう。例えば気になるエリアでひと月部屋を借りて、新幹線通勤ライフを試してみるのもアリかもしれませんね。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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