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どうして彼女たちは妻ある男と関係を持つのか。
彼女たちは、幸福なのか。不幸なのか。
恋愛心理をただひたすら傾聴し続けたひろたかおりが迫る、「道ならぬ恋」の背景。
【不倫の精算 13】/これまでの記事はこちら
— 待ち合わせの時間にいつものカフェに行くと、奥の席でM子(43歳)がスマホを片手に電話している姿が見えた。
飲み物を買う列に並んでその様子を見ていると、目を細めて笑う表情に曇りはなく、リラックスしているのが伝わる。
お待たせ、と彼女がいる席に着いたとき、ちょうど通話が終わったM子はスマホをテーブルに置くと
「あの人、お昼から有給取ったんだって。会ってくる」
と弾んだ声で言った。
バツイチで子どものいない彼女は、現在両親と暮らしながら大きなスーパーで正社員として働いていた。平日の休みに会うことが多かったが、最近の話題は一貫して「あの人」のことだった。
良かったね、と答える代わりに、まず
「大丈夫?」
と尋ねると、M子の目が一瞬泳ぐのがわかった。視線を外しながら「うん」と答えるが、組んだ手は力なくテーブルから膝へと落ちる。
ゆったりした淡いベージュのニット。浅いVラインからのぞく鎖骨に光るのは、彼から贈られたトップにダイヤモンドをあしらったネックレスだ。ボルドーのタイトなスカートにヒールを合わせた姿からは、彼と会う予定が入ることを予想していた内心が見える。きれいに巻かれた髪に見とれていると、
「やっぱり、直接訊くしかないのかな……」
とM子はため息をついた。
「それしかないと思うよ。不安なままじゃ楽しくないでしょ」
このやり取りも何度目だろうと思いながら答えると、
「もし結婚していたら、私どうすればいいんだろう」
M子は肩を落としてうなだれた。
M子と彼は、数年前に新しくオープンしたボルダリング場で知り合った。最近話題だからと軽い気持ちで行ってみたら想像以上に面白く、何度か通ううちによく一緒になる彼と顔見知りになった。
最初は何とも思っていなかった彼だが、自分より早く始めていてテクニックもあり、年上なのに筋肉のついた体は年に不相応な若さが感じられた。ウェアや小物などいろいろな情報を教えてもらい、一緒に楽しむ時間も刺激的だった。
そして、気がつけばふたりで県外のボルダリング場まで遠征に行く仲になっていた。
「結婚指輪もしていないし、いつも来てるからずっと独身だと思っていたんだけど……」
彼は、自分は会社員で夜や休日などは時間があるから、と言っていた。ボルダリング場で自分以外に仲良くしている女性の気配はなく、終わった後で遅い時間に食事に行っても、テーブルに置いたスマホに通知や着信はない。それがM子に「彼は独身だ」と思わせたが、彼のことを自分以外に知る人がおらず、はっきりと確認できなかった。
M子自身は、彼から結婚について最初に尋ねられていた。バツイチで今は彼氏がいないことを正直に答えたが、そこには触れずに「まだまだ人生長いんだから」と笑ってくれたのが嬉しかった、とM子は語った。
だが、遠征帰りにホテルで結ばれてから、彼の不審な点が目につくようになった。
まず、住んでいる家を教えてくれない。デートはいつも外で、彼がM子の家まで送ってくれるのがパターンだった。「何処に住んでいるの?」と訊いたことがあるが、
「普段は実家にいて、自分の家にはほとんど帰っていないから」
と濁されてしまい、その実家のことすら滅多に口にはしない状態だった。
「こんな年齢だし、今さら彼女ができても家族に紹介なんてしないだろうけど」
と、M子は寂しく思う気持ちを抑えて無理やりに自分を納得させた。スタッフの人たちともすっかり親しくなったボルダリング場では「自分たちが付き合っていることは内緒に」、と彼に口止めされたときも、「余計な関心を引くのが嫌なんだろうな」とだけ考えるようにした。
だが、決定的な違和感は、彼の誕生日を一緒に過ごせないときだった。
M子は当たり前のように、その夜はふたりで過ごすものと思っていた。彼の好きなイタリアンの美味しいお店を予約しようと考えたM子だったが、何時から会えるかを彼に確認したとき、
「ごめん、その日は親戚が来るから」
とデートそのものを断られた。
さすがにそれは……と話を聞いたときはまず彼が既婚者であることを疑った。だがそれでも、M子は彼に結婚の事実を確認できないまま、今日まで交際を続けている。
その理由を訪ねたとき、M子は
「知りたいけど、知るのが怖い。不倫だってわかったらあの人を諦めなくちゃいけないでしょ?」
そう言って力なく笑った。
M子の変化は、元気をなくしていくだけではなく、彼との付き合いを友人たちに話さなくなったことだった。
当初は「いい出会いだね」などとみんなで盛り上がる機会もあったが、彼の誕生日以降、M子は彼の話題を口にすることが減った。「あれからどう?」と尋ねても適当にごまかされるだけので、今は誰もM子の「彼」については触れない。
それがいっそう、M子の孤独を深めていた。
もし彼が結婚していれば、自分は「既婚者に騙された馬鹿なオンナ」になってしまう。別れていないならなおさら自分のモラルを問われることになる。それが怖かった。
M子にとっても、彼との交際は公にできないものになっていた。
それでも、不安が抑えられないときは誰かに話したくなる。M子からの連絡は、彼とどう向き合って良いかわからない、これからどうすれば良いかわからない、そんな苦しみを吐き出すものが増えた。
この年末年始も、M子は彼と過ごしていない。「年越しは毎年家族で集まることになっていて」が彼の言い訳だったが、仕事納めから年が明けて仕事始めの日まで、彼から電話がかかってくることはなかった。
M子はいつものように、「わかった」とだけ返していた。返信をもらえないことが怖くて、こちらからLINEを送ることすらできずに過ごした。
彼への愛情は消えない。そんな状態でも、やはり誘われれば会える喜びで満たされる。目の前の美しいM子を見ると、孤独に苦しみながら彼には愛されたくて必死になっている心が伝わってくるようだった。
だが、もしこれが「不倫の恋」であったとき。
彼女の絶望を考えると、首元で揺れるダイヤモンドの輝きから思わず目をそらしてしまうのだ。
#不倫
この記事のライター
OTONA SALONE|オトナサローネ
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