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『「ぼっち」の歩き方』(PHP研究所)などの著書を持ち、一人でいることをこよなく愛する「ぼっちライター」の朝井麻由美さん。そんな彼女に、今回は一人の空間をこの上なく快適にするインテリアについて考えてもらいました。本来、自分の部屋は自由にコーディネートできるものですが、本当に自分の好きなものだけの空間をつくることは案外できていないのではないでしょうか。
以後、朝井さんこだわりの”ぼっち部屋”について、朝井さんの一人称でお届けします。
好きなものを「好き」と言えなかったころのこと
自分の部屋の中は、誰が何と言おうと“自分の城”のはずだ。一人暮らしはもちろん、誰かと暮らしていたとしても、自分の部屋には自分の好きなものだけを敷き詰めていい。けれど、一体どれだけの人が、自分一人だけの、好きなものだけの空間と向き合えているだろうか。私はずいぶん長いこと、それが上手くできなかった。
16歳のころ。私は人生最大級に、自分の好きなものが何なのか、よく分からなくなっていた。高校の教室で女子たちが話していたのは、いつもどこで服を買っているかについて。私は、服はPARCO……じゃなくて、PARCOの脇の細い道を通ったところにある、よく分からない小さな店で買っていた。パーカーが一着だいたい1200円。Tシャツは700円。洗濯するとすぐに、てろてろになる。
うっかり私服の高校に入ってしまったがために、教室内で、毎日のように、ダサい子とおしゃれな子を分けるオーディションが開かれていたようだった。しかし、700円のてろてろTシャツをまとってオーディションに臨む子なんていない。
どうやら、雑誌と似たような服を着ていれば、自信のない自分を晒さなくていいらしいということが分かった。みんなと私は同じです。同じ雑誌を読んで、同じ店で服を買っています。同じだから、おかしなセンスではないです。同じ。同じ。同じ……
誰かが家に来たら恥ずかしいから、無難な部屋になってしまった「みんなと同じ」重圧は自分の部屋にまで及んだ。好きだった少女マンガのポスターを、部屋の壁からすべて剥がした。本棚に並ぶイラスト集も、マンガ雑誌も、インテリアも、子どもっぽいものは全部捨ててしまった。「誰かが家に来たら恥ずかしい」と、自分の部屋から多くの“好きなもの”が消え、“無難なもの”を買い集めるようになった。結局、誰かが家に来ることなんて一度もなかったのに、無難なインテリア(全然好みじゃない)は増え続けた。
好きなものを好き、と胸の内を明かして、それがもし他の人とズレていたとしたら、みんなの輪に入れなくなってしまう。そもそも、私の好きなものって、何だっけ。
そして、大学に入り、社会人になり、序列をつけられる教室から解放されたことで、徐々に見つけていった「好きなもの」が私にはある。
狂おしいほど好きな家具があるなぜだか分からないけれど、大人になった私は今、食パンと目玉焼きがものすごく好きなのである。食べ物の食パンではなく、家具のほうの、だ。そんなことを言われても何のことだかさっぱり分からないと思うから、まずはこの写真を見てほしい。
これは神奈川県にある株式会社セルタンがつくっているシリーズで、Amazonや楽天などで食パンの家具を探すと、たいていセルタンのものなのだ。当然であろう。こんな家具をつくろうとするメーカーがそうそうあるわけがない。それも、2~3カ月に1回くらいのペースでどんどん新作が追加されているのだ。このシリーズに、そんなに需要があるのだろうか。
一人の空間を楽しむインテリアとは、何かもう一度おさらいしておくと、今回のこの記事のテーマは、「一人の空間を最大限に楽しむためのインテリア」である。自分だけの空間を楽しむための答えは一つしかない。純度100%で好きなものに囲まれることだ。インテリア雑誌に載っているようなおしゃれ空間が好きならば、そういうインテリアに囲まれればいいし、ロココ調が好きならロココ調家具に囲まれればいい。私は食パンが好きだから、食パンに囲まれるのが最適解となる。
好きなものに囲まれるだなんて一見当たり前のようだが、これは思っている以上に難しい。100%実現できている人なんて、ほとんどいないのではないかと思う。かつての私のように、「来客があったときに恥ずかしいから」という基準でものを選んだり、あるいは、「この狭いアパートには似合わないから」と断念したり。
とりわけ、いくら好みのインテリアが決まっていても、生活との両立は至難の業。私の部屋は見渡せば、ホームセンターでそれしか選択肢がなかったから買ったテーブルに、大きさだけで決めた座椅子、もらいもののデスク、と理想の部屋からは程遠い。どうしたって、生活するためのインテリアが、理想を邪魔するのだ。
今回は、手っ取り早く理想を体験するために、セルタンへ行って「食パン部屋」をつくってもらうことにした。
バズるけど売れない……売り上げは1割にも満たない食パン家具なんとセルタンでは、たった一人の社員さんが食パンと目玉焼きシリーズの家具をつくり続けているらしい。Twitterアカウント(@cellutane01)を用いた広報の甲斐もあり、「セルタン=食パン家具の会社」と認識されつつあるものの、社内全体から見た食パン商品は1割程度。売り上げに至っては1割を切る。それでも「宣伝になる」、「採用試験を受けに来る学生が増える」という理由でつくり続けている。狂気である。
「食パンにこだわっているのは社内で私くらいなもので……。でも、本当はもっと食パンをつくりたいんです。食パンの家具は定期的にTwitterで拡散されるんですよね。だから、お金にならなくても話題にはなっているから、と社内にアピールをしてどうにか続けています」(同社担当者)
自分らしいインテリアの難しさ「インテリアを他人ありきで考えてしまう方は、すごく多いのだと思います。Twitterで見て、いくら食パンをかわいいと思っていただいても、いざ部屋に置くとなると非常にハードルが高い。食パンのソファのツイートが拡散されたときに、売れ行きが伸びるのは食パンではなく(セルタンで扱っている)普通のソファ、なんてこともあります」と担当者は続ける。
好きなものを部屋に置くことも、好きなものを身につけることも、簡単なようで難しい。それを好きである、と多くの人に知られてもいい、これが自分だ、と自信を持てないと、おそらくできない。好きなものに囲まれることは、単にうれしいだけじゃない。きっと、自分という人間を楽しむことでもあるのだ。
ことセンスを問われるものに関して、いかに純粋な「好き」よりも、「こう見られたい」がモノ選びに影響しているかを改めて実感した。でも、そういう意味では、もしかしたら私は「食パンインテリアが好き」なのではなく、「食パン好きな人に見られたい」と思っている可能性すらあるのではないだろうか。なんてこった!
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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