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ドイツ人の母や祖父母から受け継いだドイツの暮らし方をもとに、快適に過ごせるシンプルライフを提案している、料理研究家の門倉多仁亜さん。日本人の父が転勤族だったため、日本、ドイツ、アメリカで育ち、その後、日本国内をはじめイギリスや香港なども含めて20回以上の転居をしたという経験から、「新しい環境でいかに快適に過ごせる部屋をつくるか」が常に重要なテーマだと考えているそうです。限りある空間でスッキリを持続させるコツを教えていただきました。【連載】モノを減らしてスッキリ暮らす
「2016年こそはすっきりした家で暮らしたい!」「4月の新生活に向けて片付けよう!」--年末や年頭に、そう心に期した人は多いのではないでしょうか? 家がすっきりしない最大の原因は『物が部屋の広さに対して必要以上に多いこと』。自分の物の適正量を知って、余分な物を手放せばよいのですが、「もったいないから捨てられない」となかなか実践が進まないのも実情です。そこでこの連載では、スッキリライフを送っている方々に、物の所有欲から解放された心の変遷や処分の実践方法についてうかがいます。物を減らして「今年こそ!」を実現させましょう。「必要な物や大事な物はバッグ1個にまとめなさい」
著書をはじめ、雑誌や講演などで、物の持ち方やスッキリ暮らす整理・収納のコツを紹介している門倉多仁亜さん(以下、タニアさん)。
お住まいのマンションを訪ねると、大きな窓から光が差して明るく、アンティークの家具や調度品が随所に配された心地良い空間が出迎えてくれます。都心に立地し、決して広いわけではない限られた空間ですが、物をたくさん持たず、厳選した愛用品だけを置いているため温もりあるインテリアでスッキリ暮らしていらっしゃる印象です。そんなタニアさんに「物を持つ意識」についてうかがいました。
「子ども時代は父の転勤で、大人になってからは仕事の都合で何度も引越しをしました。それまで住んでいる家を明け渡さなくてはならないわけですから、自分の持ち物は全部持って行くのか、あるいは一部を処分するのかという選別が必要になります」とタニアさん。しかも国や地域を超えての引越しになるため、物の多さは引越しコストに反映し、不要な物を処分すればその分、輸送費用も抑えられます。
「そうして不要な物の選別を繰り返してきたことが、持ち物を厳選していく習慣につながりましたし、物が増えれば選別も輸送も大変になることが分かっているので、最初から増えないようにと意識しますね」
また、タニアさんの物を厳選する心は、この引越し経験で養われただけではなく、ドイツ人のお母様や、お祖父様、お祖母様からの影響も大きかったそうです。
「子どものころ、祖父母と3年間暮らしたのとは別に、小学校のころは毎年夏休みに1カ月、ドイツの祖父母の家に行きました。そのとき、母から『その間に必要な物、大事な物はこのバッグ1つにまとめなさい』って言われたことがとっても印象的で。このバッグ1つで1カ月間を過ごすわけですから、大事な物は何かを真剣に考える大きなきっかけになりました」
「私の祖母は20歳のころ、戦災から逃れるために国境を越え、二度と生家には帰れなかったそうです。大切にしていたミシンと身の回りの物以外のすべての物を失いはしましたが、その後の祖母の人生は無事に続いていくわけです。また、祖父は長年連れ添った祖母が亡くなったとき、いくつかの形見の品以外はすべて処分しました。『今を見て生きることが大切』と考えたからだそうです。物はなくなっても、祖父はたくさんの大事な思い出を語ってくれました」
そんなお二人を見て育ったタニアさんに、「物はなくても何とかなる」という意識が芽生えました。
最近、そんな「何とかなる」精神が発揮される出来事も起こりました。住所録のデータを手違いで消失し、とても焦ったそうですが、「縁があればまた人はつながるので、きっぱりあきらめることができました(笑)」
また、厳選した必要な物、好きな物だと思っていても、それが本当に必要なのか、なくても困らないのではないかと、定期的に見つめ直す習慣をもつことも大切だといいます。
「私が関わった雑誌の表紙と記事はすべて保管していたのですが、そういえば見返すことってないなと気づいて、この間、思い切って処分しました。一回捨ててみると本当に気持ちが楽になり、スッキリしますね」
「バッグ1個にまとめる」というのは家にも当てはまります。
「スッキリ空間で暮らしたいのなら、持ち物は『この家の広さに収まる量しか持たない』と決めましょう。優先すべきなのは物ではなく、ゆとりある空間とそこで過ごす心地よい時間です」とタニアさんは断言します。
物があると、それを保管する場所が必要になり、整理する手間も時間もかかります。いらないだろうと思える物を処分すれば、その分、空間にゆとりが生まれ、時間も増えることになります。
「物が少ないと気持ちが軽くいられますし、掃除も楽です。だから、例えばタオルのような日用品は、今使っている物と最低限の予備と来客用だけを持ち、まとめ買いした新品を戸棚にしまっておくことはしません。『いつか誰かが使うかも』という物が一番やっかいなんです」とタニアさん。
「いつか誰かが使うかもしれない物」があると、しまう場所が必要ですし、そこに収納してあることを把握して同じような物を買わないように気を使わなくてはなりません。持たない心地よさということもあるのです。「そうした余分な物を持っているだけでも、無意識のうちに、実は心の負担になっているのだと思います」
タニアさんの理想は「役に立つ物、または自分が美しいと思う物以外は家に置かない」こと。これは19世紀に”モダンデザインの父”と呼ばれたイギリス人の詩人、思想家、デザイナーであるウィリアム・モリスが提唱した「アーツアンドクラフツ運動」を表した言葉です。
自分のお気に入りだけに囲まれているからこそ、心からくつろげる家となるのです。
「いつか使うかもしれない、という物は持たない」必要以上に物を持たないためには、具体的にどうすればいいのでしょうか。タニアさんはいつも、物を持つことについて次のように考え、実践しています。
【タニアさんのスッキリライフ実践9箇条】
(1)今使う物しか持たない。「いつか誰かが使うかもしれない物」は、あきらめてすっぱり処分する
(2)物を買う前にほかの物で代用できないか考える
(3)自分の暮らしにとって本当に必要だと思う物だけを買う
(4)とりあえず必要だから間に合わせで買う、ではなく、本当に欲しい物を選んで買う
(5)お店の粗品プレゼントは受け取らない
(6)セールで安いからといって余分に買わない
(7)食品や洗剤など消耗品のストックは必要最小限にする
(8)友人知人からのプレゼントや贈答品がもし必要ない物であれば、必要とする人に譲る・寄付する
(9)不要品を譲る相手や処分先(家族や友人、リサイクルショップ、寄付を受け付ける団体など)を確保しておき、思い立ったらすぐ譲れるようにする
特に、(1)の「いつか誰かが使うかも知れない物の処分」は、人によって難しいことかもしれません。しかし、そうした人こそ、「使わないかもしれない物に、空間・時間・気持ちを割くのは逆にもったいないことですよね」とタニアさんが言うとおり、認識することが大切です。
(7)の食品や洗剤などのストックについてはこう考えます。「日曜がお休みのお店が多いドイツに比べると、日本は毎日営業していて営業時間も長くて便利。いつでも買い物に行けます。だからスーパーがわが家の食料庫と割り切っています」
(8)贈答品については「日本の贈答文化は相手を思いやる美しい習慣ですが、保管したまま使わないでいるのは、逆に物や相手に失礼なことだと思いますし、物が増え続ける一因となります」とタニアさん。物は使ってこそ存在価値を発揮するもの。相手の気持ちをありがたく受け取って、不要であれば手放しましょう。
「家族みんなで片付けをするのがドイツのライフスタイル」最後に、片付けに関して、ドイツと日本の暮らしで大きく異なる点をうかがいました。
「ドイツ人にとって快適な住環境は大きな関心事なので、家族全員で空間づくりや整理をします。家に人を招くことも好きで習慣化していて、いつでも家族も来客も快適に過ごせるよう心配りをしています。
一方、日本は、頻繁に来客があるという家は少ないのではないでしょうか。人の目に触れないから物をため込みがちになっているような気がします。ドイツに比べて家の中にある物が多いと感じます」
また、「快適な空間づくりや整理は主婦の方など家族の内1人だけの役割になっていることも多く、仕事が忙しいということもあって、ほかの家族は片付けに参加しないケースも多々見受けられます。1人だけでなく、家族全員で楽しく片付けに取り組んでみるのもいいのではないでしょうか」
ドイツが良い、日本が悪いということではなく、ドイツのライフスタイルを参考に、別の角度から自分の暮らしや住まいを見つめ直してみると、片付けが進むヒントを得られるかもしれません。
例えば、来客目線で家の中を見回すと、ないほうがスッキリする物が目につくでしょうし、家族で家や物について話してみると、家をより快適にするプランが浮かび上がってくるものです。片付けや整理収納は苦行や修行ではありません。家族みんなで楽しんで行う習慣にすればよいのではないでしょうか。
タニアさんの著書によると、ドイツには「整理整頓を覚え、”好き”になりなさい。時間と手間を省いてくれるから」ということわざがあるそうです。整理整頓をすることで、物の多さに煩わされることなく、ゆったりスッキリ過ごせる空間が得られるわけです。
ご家族やドイツのライフスタイルなどタニアさんのお話をうかがって、まずは「使わない物はすっぱり処分すること」を”好き”になってみようと感じました。「もったいなくて捨てられない人」から卒業し、すっぱり処分を”好き”になって実行していけば、憧れのゆったり空間を手に入れることがかなうはずです。
この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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