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デザイナーとして活躍するSさんが世田谷・駒沢公園のそばに建てたのは、店舗とオフィス、住まいを一体化させた一戸建て。建築家へのオーダーは「ただの“ハコ”みたいな家」だったそう。
その意を汲んだ建築家が提案したシンプルな“ハコ”に、Sさんが手を加えることによって、遊び心に満ちた空間の数々が仕上がりました。建築家とデザイナーの二人三脚によって生み出された、自分らしい住まいをつくるコツがたくさん隠されています。【連載】
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。建築家にオーダーしたのは「シンプルな“ハコ”のような家」
Sさんがこの家を建てたのは、10年前のこと。
オーダーメイドTシャツを制作し、販売するブランドを立ち上げるという人生の転機を迎え、これまでのマンションから、店舗とオフィス、さらには5人家族で暮らす住まいを兼ね備えた一戸建てに住み替えようと考えたのが発端でした。
当初は中古の一戸建てを購入して、リノベーションすることを考えていたSさん。昔から好きだったという駒沢公園の周辺に限定して探したのですが、なかなか条件に合う物件が見つからず、それならば、とゼロから建てることにしたのだそう。
「建築事務所を探していたら、妻が雑誌の切り抜きを持ってきて、この人に頼もうって言うんです。建築家・長洲研志(ながすけんじ)さんのご自宅の写真だったのですが、よく見えないくらい小さい写真なんですよ。まあ一度行ってみるか、という感じで訪ねたのがスタートなんです」
長洲さんに伝えたのは、「シンプルな“ハコ”のような家をつくってほしい」ということだけ。具体的な要望はほとんど出さず、イメージとして渡したのも倉庫や工場の写真だったそうです。
そこには、自分自身で手を入れて、できるかぎり自由に、自分らしい家に仕上げたいという、デザイナーとしてのSさんの思いがありました。
それに対して長洲さんが提案したプランはたったひとつ。
3階建てコンクリート打ち放しの躯体の中心部に回り階段をつくり、その階段をぐるりと囲むようにフロアを回遊式にした建築でした。
「外から入ってきて、階段をぐるぐると上がって屋上へ抜けていく、“外から外へ”というイメージの家なんです」とSさん。
さらに、家の中には、公園を想像させるような仕掛けがあちこちにあり、「ここは駒沢公園の一部なのでは……」という錯覚を抱きそうになるほど。
そう、長洲さんがつくったのは“ただのハコ”ではなく、Sさんらしさが十分に発揮できるように計算され尽くした “遊び甲斐のあるハコ”だったのです。
1階はプライベートと切り離して、店舗とオフィスにこちらが、店舗スペース。
18平米ほどのこじんまりしたスペースなのに広く感じられるのは、床を低くつくっている分、天井が高くなっているからでしょうか。
2段だけ下りる半円形の階段は、まるで公園の一部のよう。すぐ近くにある駒沢公園からそのままつながっているような、不思議な感覚を抱かせてくれます。
入り口のドアは、なんとSさんの手づくりだそう。
「家を建てている間に予算がかさんでしまって、自分でドアをつくることになりました。長洲さんと一緒にジョイフル本田に2×4の木材を買いに行ったりして、楽しかったですよ(笑)。ドアの外側に設置した高さ8mほどの雨戸も自作です。結果的に、かなり自分でやりましたね」
一般的な住宅と違って収納がないことも、この家の特徴のひとつ。
「収納をつくると、それに従ってほかが決まってくるから、スペースを自由に使えなくなるでしょう? だからつくらないでほしい、とお願いしたんです」
Sさんが徹底して、自由さを求めたことが伝わってきます。
店舗の奥、まさに秘密基地のようなスペースがSさんのオフィス。
3人の子どもたちの父親でもあるSさんにとって、ひとつの建物の中で仕事と家族との時間を両立していくのは、なかなか大変なことです。
「1階は仕事場、2階と3階が家族のスペース、ときっちりフロアを分けたことで仕事に集中できるようになりました」
家族用の玄関から中に入ると、コンクリート製の洗面台が。ここもまた、公園の一部のような雰囲気です。
「収納をつくらない」というオーダーをしたSさんですが、唯一、玄関脇の階段下の三角スペースにだけは下駄箱をつくってもらったのだそう。
玄関脇の階段から、子ども部屋とバスルームのある2階に上がってみましょう。
回り階段をぐるぐると上がっていくと、そのまま屋上につながり、その途中に2階、3階の回遊式フロアがつくられています。
各フロアは約54平米とのことですが、広々と感じられるのは仕切りがないからでしょうか。「子どもは男の子と女の子なので、いずれ仕切りが欲しいと言われるでしょうね。そのときにはつくろうと思います」とSさん。
家族が集まる3階の見どころは、広くてスタイリッシュなキッチン3階はキッチンとダイニング、リビングです。
圧巻なのは、フロアの一辺をすべて使った横長のキッチン。大きなターキーも焼けるガスオーブンや、同じくアメリカ製GEの冷蔵庫など、こだわりのセレクトがスタイリッシュでありながら、無骨なテイストを生み出しています。
「この家に来てから料理が楽しくなって、ずいぶん台所に立つようになりましたね」とSさん。
リビングの片隅は、Sさんと息子さんの趣味スペースとなっていました。音楽は、ジャズフリークである息子さんの影響で始めたのだそう。壁に掛けた絵は、美大で油絵を専攻していたご自身の筆によるもの。「5」の文字をペイントしたのは、「形がカッコよくて好きだから」とSさんは笑います。
ダリの版画も自分の作品も、子どもたちの落書きも、同じように扱うSさん。常識に縛られずにモノを見極める目が、アーティスティックでありながらもキメすぎない、絶妙な空気をつくりだしているのでしょう。
Sさんいわく、この家に遊びに来る友人たちは、ひとつのテーブルにつくのではなく、それぞれ居心地の良い場所を見つけてくつろいでいるのだそう。回遊式で仕切りのないつくりが、訪れる人の気持ちを解き放ってくれるのかもしれません。
「シンプルな“ハコ”のような家をつくってほしい」とういオーダーから始まった家づくり。建築家の長洲さんは、自由に使えるシンプルかつ斬新な“ハコ”を提案し、デザイナーであるSさんは、そこに手を加えて自分らしい空間をつくり上げました。あえて収納や仕切りをつくらなかったり、フェンスやネットなど本来外で使うものを持ち込んだり、名画と子どもの落書きを同じように扱ったり……と、Sさん流インテリアからは学べることがたくさんありそうです。
ちなみに、Sさんと長洲さんは、家が完成したあとにバンドを組み、今では一緒にステージに立っているのだそう。そんなエピソードからも、2人の家づくりが充実したものであったことが伝わってきました。
この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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