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川崎市高津区にあるパークシティ溝の口は、築30年を超えた現在も高い人気を誇る大規模マンションだ。中古での販売価格を調べてみると、75m2前後の3LDKの住戸で4500万円前後。新築分譲時は同程度の住戸が3000万円台前半だったというから、当時より高値がついていることになる。資産価値の維持の背景にあるのが、修繕委員会のたゆまぬ努力だ。これまでどのような取り組みが行われてきたのだろう。
2度目の大規模修繕を前に住民主導の修繕にスイッチ
JR南武線、東急田園都市線、東急大井町線の3路線が乗り入れる溝の口の駅から、歩いてわずか5分ほど。「パークシティ溝の口」は、三井不動産(現・三井不動産レジデンシャル)のパークシティシリーズの第1号として、1983年に竣工された。5万6761m2の広い敷地に低層棟7棟、高層棟5棟の全12棟が立ち並び、総戸数1103戸。敷地内にスーパーなども入り、当時としては画期的な複合開発だったこともあり、分譲時には20倍もの抽選倍率をつけた住戸もあったそうだ。
修繕委員会が発足したのは、2回目の大規模修繕を前にした2005年。その経緯について、委員長の丹保英男さんはこう説明する。
「1998年に行われた1回目の大規模修繕は、管理会社に言われるがまま。標準的な修繕工事を行うのみだったと聞いています。しかし、築20年を超えると同じようなわけにはいきません。このマンションに合った独自の修繕計画を立てるべきではないかという声が上がり、理事で構成される管理分科会の下部組織として、修繕を専門とする委員会が立ち上げられたのです」
任意のメンバーで構成される修繕委員会は、理事と違って任期がない。ある程度、固定のメンバーで、長期的に活動できるのが強みだ。2回目の大規模修繕は、この委員会を中心に住民主導で行う方針が固められたのである。
12棟の現況を把握しつつ、長期修繕計画を練り直す活動を始めた修繕委員会だが、課題は山積みだった。
「一番の問題は棟ごとの状況の違いです。このマンションは高層棟と低層棟が混在しており、修繕が必要な箇所はそれぞれ異なります。現況を把握しながら、個別に対応するべき点とマンション全体で行うべき点を見極める必要がありました。また、一つの工事を行うにしても、全棟終了までには数年かかるという点も考慮しなければなりません。専門のコンサルティング会社を入れることを決め、2回目の大規模修繕だけでなく長期的な修繕計画を練り直すことにしたのです」
こう話すのは、発足当初から委員に名を連ねている矢野捷一郎さんだ。矢野さんは住宅などの企画・設計を行う仕事をしており、いわば建築や設備のプロ。修繕委員会の大黒柱的存在だ。
こうして2025(平成37)年までの長期修繕計画と、それに基づく大規模修繕の計画が策定された。工事のスケジュールを見せてもらったが、説明されても把握できないほど複雑だ。矢野さんのような専門家がマンション内にいたことの心強さがよく理解できる。
その修繕計画で特筆すべきは、専有部にも踏み込んでいる点だろう。例えば、2010(平成22)年に着手した給水・給湯管・第2次排水管更新工事では、専有部分の給水・給湯管・追い焚き管の工事まで実施。専有部分まで手を広げれば、建物全体の設備能力を一気に引き上げられると考えたのだ。
ただし、個人の自己負担は一切なし。一括発注で全体的にコストダウンができ、専有部の工事を含めても総工費を修繕積立金額内に収めることができたというから驚く。
「今後の修繕でも、専有部分のアルミサッシの交換や複層ガラスの導入といったことを検討しています。多額の費用がかかるので、どこまでできるか分かりませんが」(矢野さん)
各住戸の性能を高めれば暮らしは快適になり、結果的にマンションの資産価値の維持にもつながる。大規模マンションだからできることではあるが、住民本位の姿勢を表している。
もちろん、大規模だからこそ手間のかかることも多い。その一つが住民への周知の徹底だ。
「1103世帯の合意を得るために、住人向けの説明会をこまめに行っています。特にうちのマンションは棟ごとに構造が違うので、その都度、丁寧に説明をする。ホームページも活用しながら、クレームが出ないよう細心の注意を払っています」(矢野さん)
工事業者選定についても、住民が納得できるように入札制にした。入札参加業者をまず募り、価格だけでなく、実績や施工能力など8項目で評価して選定する。修繕に関わるすべてを、徹底して透明化したのである。
加えて、長期修繕計画を策定の際には、居住者に向けたアンケートも実施している。「マンションをより良くするには何が必要か」「不便なところはどこか」といった質問を全世帯にしたところ、97%もの高い回答率が得られた。これにより生活に即した要望を吸い上げ、その声を可能な限り反映させた形で修繕計画が組まれているのである。
敷地プランを見直して、永く快適に暮らせるマンションへこうした修繕の取り組みと並行して、敷地内のゾーニングの見直しも行われている。専門委員会のメンバーだった山本美賢さんはこう説明する。
「竣工から30年以上経った現在、居住者が高齢化して、共用部の使われ方も変化しています。例えば、かつて子どもたちであふれていた芝生の広場は、今は遊ぶ子どもの姿はほとんど見られません。また、周辺に商業施設が増えるなど、マンションを取り巻く環境も変化しています。敷地プランはこのままで良いのか、メインゲートなどの位置は適正なのか、といったことを住民全体で考えていける機会をつくっています」
パークシティ溝の口が目指しているのは、100年でも住み続けられるマンション。それには住民主体の生活に根ざした修繕が欠かせないことを改めて実感した。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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