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全国の約5000の住宅団地のうち、築35年以上のものは約1500団地(2015年 国土交通省推計)。いずれも建物の老朽化、陳腐化、居住者の高齢化が深刻だといわれる。そのなかには、居住者同士の交流が減少して団地を含めた周辺が衰退するとともに、培ってきた共助の体制も失われるケースも少なくない。そうなると居住者はますます定着しにくくなってしまうのだ。
では、どうすれば団地に活気がもどるのか? 団地を元気にする取り組みがあると聞き、福岡をたずねた。
老朽化した団地再生へ。建物と、居住者同士のつながりを見直し
2016年12月16日、久留米市の築38年の賃貸住宅団地「コーポ江戸屋敷」で、居住者の交流を目指した庭づくりのワークショップ、「第1回コミュニティデザインカレッジ<シナリオづくり編>」が行われた。主催は福岡に拠点を置く不動産管理コンサルタント会社のスペースRデザイン。
住宅団地の再生は住民同士の交流が重要になる。そのポイントが“庭”にあると考えた老朽不動産再生のエキスパート吉原勝己さんは、団地の庭のデザインを見直すため、地域の仲間とともに今回のワークショップを企画した。吉原さんは同社の代表取締役である。
この団地は吉原さんが別途設立したまちづくり投資会社が2015年に取得したもので、約3200m2の敷地に1棟16室の建物が計3棟建っている。もとの間取りは3K、家賃は4万~5万円だ。
吉原さんは、2003年から築30年を超すような老朽賃貸ビルの再生に取り組んできた。彼は再生後、さらに魅力を増した物件を「ビンテージビル」と呼ぶ。
吉原さんの手法の特徴は、「建物」と「居住者の関係性」双方の見直しにある。建物は、新築並みに内外装を一新するのではなく、建設当初のデザインや趣を活かしてリノベーションを行う。並行して、居住者同士の交流が形成維持されやすいようなソフト面の工夫をする。
例えば、ビル内に居住者が集まれるような共用スペースを確保したり、居住者が自由に参加できるイベントを定期的に企画したり、細かな相談事にも応える管理人を置くなどしている。
「ビル内に交流が生まれれば、互いに協力しながら、楽しく安心して暮らすことができる。さらに、地域の住民と連携できれば、周辺地域のにぎわいにも貢献するのではないか」と考えている。
知り合いからの相談をきっかけに「コーポ江戸屋敷」を取得した際も、これまでと同様の方針で再生を目指すことにした。ただし、小さな“まち”とも捉えられる団地は、一棟の賃貸ビルよりも積極的な居住者同士の交流の必要性を強く感じたという。そこで、着目したのが敷地内の庭だ。再生し注目されている神奈川県座間市の「ホシノタニ団地」にも刺激を受けた。
「建物の周りの植栽や通り道の配置などを工夫すれば、居住者同士が自然に顔を合わせたり、一緒に何らかの活動をしやすくなるのではないか」(吉原さん)
間もなく、庭などの周辺環境を活用したまちや集合住宅のコミュニティデザインを得意とする、チームネットの代表取締役 甲斐徹郎さんを招きワークショップを行うことにした。ワークショップには、地元のリノベーション会社やまちづくり会社、不動産オーナーなどのほか、団地の管理運営に詳しいUR都市機構のメンバーに参加を呼び掛けた。
なぜ、ワークショップ形式にしたのか?「主な参加者はこれまで一緒に、福岡県内で老朽不動産の再生に取り組んできた福岡市や久留米市、大川市、八女市、柳川市、大牟田市などの仲間たち。コーポ江戸屋敷をテストケースとして、今後、ともに県内の団地の再生手法を研究していきたい」(吉原さん)
6チームがシナリオをつくって庭のプランを検討ワークショップは朝9時から14時まで、甲斐さんの説明する「シナリオプランニング法」に則って進められた。
シナリオプランニング法の手順は3ステップ。(1)暮らしのシーンや活用する場所をできる限り洗い出し、(2)それぞれのシーンと場所からよりよい組み合わせを抽出し、(3)シナリオにまとめる、というシンプルな仕組みだ。参加者は、このステップに沿い積極的に意見交換した。
第1回は甲斐さんがつくった基本プランをもとに、6つのチームがそれぞれ、この団地の敷地を利用して居住者がどういった暮らしや活動ができるのか、それに伴ってどんな庭にアレンジするのかをシナリオにまとめた。
6つのチームはそれぞれ、まったく異なるシナリオを練り上げた。あるチームが提案したのは「Tree books cafe」。敷地内に大きな木をいくつか植えるとともに、人が集まれるcafeを設け、それぞれの場所に本棚を置き居住者が本を提供する。それぞれの場所で本を読んだり、本を借りるという活動をきっかけに、通りすがりのほかの居住者や本の持ち主などと会話が始まる。
また、ほかのあるチームが提案したのは「窯からはじまるカマニティ」。これから敷地内に設置する予定のピザ窯を軸に、DIYでの窯づくりや食にまつわるイベントを計画して、居住者やオーナーの触れ合う機会を増やそうというもの。カマニティとは、カマとコミュニティの造語だ。
甲斐さんは、「Tree books cafe」はコミュニティ形成の構造が明確である点を高く評価した。「窯からはじまるカマニティ」には、「特別なイベントだけでなく、日常的に活用するプログラムもほしい」とコメント。最後に、「人とのつながりは第三者が強制することはできず、暮らしのなかで結果として生まれるもの。複数の人が偶然、同じ場所で一緒に時間を過ごすようになる仕掛けが大切」とまとめた。
また、UR都市機構西日本支社技術監理部の片岡有吾さんは、チームとしてシナリオを提案するとともに、これまで携わった団地での住民の交流促進の仕事を下敷きに、次のように語った。
「団地では屋外の共用空間を私たちが管理するため、居住者さんは共用空間を自分の暮らしに取り込むような“使いこなし” に慣れていません。また、“使いこなし”によるトラブルを未然に防ぐため、使用を制限している面もあります。 このような状況で共用空間での交流イベントを試みても、実際にはあまり人は集まりません。とすれば居住者さん自身のやる気をかき立て、主体性を生むアイデアを考えることが重要だと思う」
今後、2017年1~2月に第2、3回のワークショップを行い、各チームの提案を反映して、事業の手順や工事計画、居住者の参加プログラムなどまで仕上げる予定だ。
居住者の退去に合わせ、徐々に各住戸とバルコニーも改修をすすめるコーポ江戸屋敷の賃貸住戸は、居住者が退去するタイミングで1室ずつ改修を行っている。各住戸は前述の仲間が順番にリノベーションを担当し、それぞれの個性を生かしたデザインになる予定だ。立ち上げから現在までの担当は、久留米市で不動産管理業を営むH&A managementの半田啓佑さんたちだ。
テーマはおもてなしを意味する方言を使った“ほとめきリノベ”。「居心地がよく、とがり過ぎないデザインを目指している。賃貸なので、幅広い方々が受け入れやすいことも重要だ」と半田さんは話す。
また、共用部分に当たる1階のバルコニーのフェンスも改修を実施。木材でつくり直し、庭と連続性をもたせる。
現在、コーポ江戸屋敷はほぼ満室。すでに居住している方々に協力を得ながら、約10年をかけじっくりと庭も住戸も手を加えていきたいとする。「そうした動きのなかで無理なく心地よい関係性が生まれて、それが団地の外にもどんどん広がっていくといい」と吉原さんは結んだ。
建物が再生しその後も暮らしやすい環境を維持するためには、住まい手の関係性が重要だ。協力し合って楽しく、あるときは問題解決にも取り組みながら暮らせるように、交流の仕掛けが求められる。住まい手の目が外に、周囲の人たちに向くために、庭のデザインは大きなカギである。地域再生への広がりを考えれば、こうしたことは団地だけでなく、戸建ての改修でも同様に心に留めておくべきだろう。
(構成文/介川亜紀)
●参考この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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