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マンションはどうして似たようなデザイン、構造のものが多いんだろう。そう考えている人は案外多いのではないでしょうか。しかし、よく探してみれば、日本にもそんな先入観を吹き飛ばす個性的な集合住宅が見つかります。
今回は、音楽愛好者のための賃貸マンション、「ミュージション」を訪ねました。
【連載】名物賃貸におじゃまします歌を歌う人、楽器を演奏する人、オーディオ愛好家、音響エンジニア……。音楽を楽しみ、あるいは仕事としている人たちにとって防音は大きな課題です。一戸建てならまだしも、集合住宅となれば、気を使うことも多くなります。
そうしたなか、注目されているのが「ミュージション」。徹底して遮音性能を高め、すべての部屋を24時間演奏可能にした賃貸マンションです。現在、東京、埼玉、神奈川に現在13棟があり、どれも人気を集めています。
「実はミュージションは大失敗したところから始まったんです」と語るのは、株式会社リブランマインドのミュージション事業部で賃貸セクションの部長を務める山下大輔(やました・だいすけ)さん。
「30年ほど前、当社は東京・板橋区にマンションを建設、住居スペースのほかに半地下のスタジオを設置しました。しかし、防音を徹底したつもりが、いざ使ってみると、音が住居スペースに響き、結局スタジオは使えなくなりました。調べてみると下水管を通じて音が伝わっていたことが分かりました」(山下さん)
この反省をもとに技術レベルを高め、2000年に建設したのが、「ミュージション川越」です。全63 戸すべてを遮音仕様にし、24時間楽器演奏できるマンションにしたところ、予想以上の好評を得ました。これに励まされて2005年には「ミュージション志木」を建設。この2つの物件はデザイン面でも高く評価され、いずれもグッドデザイン賞を受賞しています。
やがてミュージションの魅力に気づいた地主から、土地を提供されての建設が増えていきます。なぜならミュージションの場合、音楽の環境に引かれて入居者が集まるため、土地の条件にあまり左右されない強みがあるからです。
例えば「ミュージション登戸」は、地主から北向きの建物しかつくれない土地の活用を相談され、建設に至りました。こうして次々にミュージションは数を増やし、現在、同社の収益の柱の一つにまで育ちました。
徹底的に音が漏れない工夫を重ねるミュージションの遮音性能は、特定の技術によるものではなく、さまざまな工夫を積み重ねた成果です。
「まずコンクリートの躯体自体を厚くしています。また部屋で出した音がコンクリートに伝わらないように、部屋の外周部分に10数センチの空気層を設けました。またサッシは二重、ドアはゴムで隙間をなくして音が漏れないようにしています」(山下さん)
ただ、遮音を徹底したため、非常ベルを普通のマンションのように共用廊下に設置すると聞こえません。そこで行ったのが「一部屋ごとに非常ベルを配置すること」だそう。
「また部屋が密閉されて空気が流れにくいため、各部屋に換気口を設け、換気口の空気が流れる先には消音器を付けました」(山下さん)
このほかにも小さな工夫が数多くあり、建設会社が使うミュージション仕様にするためのチェック項目は数百におよぶそうです。従って建設コストは一般の同規模のマンションに比べ、1割くらいは高くなります。それに伴い、家賃もやや高めに設定されるそう。
ミュージションに住み、人生が変わった人もでは、ミュージションの入居者はどんな人たちなのでしょうか。筆者は、音大生が多いのでは、と予想していたのですが、学生は学校で演奏や練習ができるからか、むしろ少ないとのことです。
「入居者層の中心は20代から30代の社会人層です。ピアノやブラスバンドの経験のある人、ロックバンドを組んでいた人、歌を歌っていた人などで、社会人で活動を続ける人はたくさんいます。また社会人になってから音楽を始める人も少なくない。
その人たちが趣味で音楽を楽しもうとしても、練習の場がない、仕事で帰宅が遅く、自宅で音を出せないといったことはよくあります。そこで、24時間演奏可能なミュージションに注目が集まったのでしょう」(山下さん)
珍しい例としては年配の男性で、妻に先立たれ、昔からやりたかったピアノをやろうと、自宅を人に貸してミュージションに引越してきた人がいるそうです。
パソコンなどで作曲、音楽制作をする人も増えています。また、PA(ライブなどで音の調整)、レコーディングなどの音響エンジニア、音楽教室の運営者、オーディオや映像の愛好家などもいます。
「100万円かけて自宅の部屋をホームシアター化したものの、木造家屋なので音量を上げられない、とミュージションに移られた方もいました」(山下さん)
また、ミュージションが、入居者の心に影響を与えた例もあったそう。
「『ミュージションに住んで人生が変わった』と言ったお客様がいました。歌うのが好きな方ですが、音楽以外の仕事をもち、好きなことにもう一歩踏み出せずにいたとのこと。それがミュージションに住み、好きな時間に歌を歌えるようになり、ボーカルレッスンにも通い始め、自信がもてるようになったというのです」
ミュージションに住んでいた方が、引越すことになり、転居した先が別のミュージションというケースも。「『ミュージション以外には住めない』、というんです。その方も歌を歌う方でしたが、一日の仕事が終わり、今晩は何を歌おう、と考えながら帰宅するのが楽しい、と」
仕事を求めて東京へ。それを機にミュージションに入居実際の居住者に話を聞いてみました。音響エンジニアの久保浩巳(くぼ・ひろみ)さんは、現在「ミュージション東日本橋」に住んでいます。
長く実家のある大阪で仕事をしていましたが、圧倒的に市場の大きい東京で仕事をすることを決心し、2017年4月に東京に移りました。
久保さんはフリーランスなので、自宅での作業が多く、音を出しても問題のない住居が必要です。大阪では実家にいて、音を出すことについての問題はありませんでしたが、東京でもそれが可能な環境を獲得しなくてはなりませんでした。
「実はかなり前からミュージションの存在はネットで知っていました。それで東京で住むならミュージションと考えていました」(久保さん)
株式会社リブランマインドの須永輝毅(すなが・てるき)さんが久保さんの担当となり、2017年3月に竣工したばかりの「ミュージション東日本橋」に入居しました。「駅から近く、都心なので久保さんの仕事に関係する拠点に近いのも利点です」と須永さんは話します。
久保さんは実際の物件を見て、防音性能は間違いないと確信できたそうです。
「仕事の上では200ボルトの電源もうれしいですね。海外の機器では100ボルトでは足りない場合もありますから」(久保さん)
久保さんは今、アマチュアから一流の人気ミュージシャンまで、幅広いアーティストのレコーディングやミキシングをここで行い、順調に仕事量を増やしています。
ミュージションはコミュニティづくりにも熱心なのが大きな特徴です。「『ミュージションズクラブ』という組織をつくり、居住している方々を中心に親睦、交流をはかっています。カラオケ大会やセッションイベントを行い、毎年10月には上野野外音楽堂を貸し切って、『東京ヒマつぶし音楽祭』というイベントをしています。このほかフットサル大会や登山など、音楽とは異なる企画も開催しています」(山下さん)
家でも音楽を楽しみたいという需要に特化し、ハード面の強化によって実現したミュージション。それは今、人的交流や創造活動の促進といったソフト面の充実にもつながりつつあります。今後の集合住宅の一つの可能性を示しているようです。
●取材協力この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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