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コロナ禍で暮らし方を見直し、テレワークや副業を始めたという人が増えている。そんななか、店舗付き住宅や、自宅に店舗機能を持たせた物件などの住まいの選択肢が注目を集めているようだ。店舗付き物件に特化した不動産Webサイト「商い暮らし」を2016年から正式に運営を始めた建築不動産業・株式会社G.U.style代表の小薬順法さんに、最新事情や”商い暮らし”をする人々の話を聞いた。
1階で商いをして2階に住む、昔からある暮らし方
小薬さんが言う「商い暮らし」とは、1階の土間で小さな商いをして、2階で暮らすライフスタイルのこと。
「商いの場で暮らし、暮らしの場で商うという意味で、いわゆる店舗付き住宅の賃貸物件や売買物件を集めて約5年前からWebに掲載してきました。商いをしながら暮らす店舗付き住宅というのは昔からありますが、今は一周回って、若い人が注目しているのかもしれませんね」と話す。
店舗付き住宅というと、通勤時間の短縮や賃料・交通費の節約、空いた時間の有効活用、家族との時間を長くとれることなどがメリットとして考えられる。そういえばテレワークのメリットにも通じる。
このサイトを立ち上げたきっかけは、建築士である小薬さんが独立を考えていたある日、目に止まった勤務先近くの店舗付き住宅の空き物件だった。
「眺めていて、ふと想像したんです。こういった物件を自宅兼事務所にしたら、当時小学生だった僕の子どもが帰ってくるのが窓から見えて、手を振って出迎えたり、事務所兼カフェにして近所の人を招いたり……そんなライフスタイルが送れるかも、って」
しかしいざ動き出してみると、希望条件に合う物件も、それを貸してくれるオーナーも、探すための情報も見つからなかった。
「自分以外にもきっとニーズがある。ないなら自分で情報発信の場をつくろうと思ったんです」
ニーズに対して情報が少ない。店舗付き物件の現状5年経った今も、依然として店舗付き物件を見つけるのは難しいという。
「管理会社の理解不足や物件の状態の関係などで、情報が公開されにくいことや、店舗付き物件にはお風呂がないケースが多く、改装費にオーナー側がハードルを感じることなどが理由です。
この5年ほど、貸す側の意識はあまり変わっていないのが現状で、供給は不足しています。不動産会社やオーナーが物件の価値を高めるためにイチから建て替えたり、店舗か住宅のどちらかにしてしまったりと、店舗付き住宅の個性が理解されていないうちは、物件数が増えるどころか減ってしまいます」
一方で「ここ数年で、借りる側から『具体的なことは決まっていないけど、何かできそうな余白のある物件はある?』という問い合わせが増えてきました。さまざまな住まい方を知り始めたことが背景にあるように思います」と小薬さん。
このコロナ禍ではどんな変化があったのだろうか。
人や地域との繋がりに重きを置く生活へ「コロナ禍の初期は少し問い合わせが増えましたが、現在は特に伸びているわけではないです。ただ、身近な人と気軽に会えなくなったこの期間に、家族や仲間、地域の人との繋がりをより大切にしたいという空気は感じます。
店舗開業にまでは至っていなくても、『”商い暮らし”のようなスタイルっていいね』と、共感してくれる人が増えたように思います」
サイトには、「美容室+暮らし」「DJ bar+半暮らし」などの事例が並ぶが、問い合わせ内容の多くは飲食。「『本業が休みの日に、好きなコーヒーと本を置いたお店を始めたい』などの相談もありました」
お店を通して好きなことで自己実現をしながら、自分が住む地域に貢献したいという思いも感じられるそうだ。
「問い合わせは単身者か子どもがいない夫婦が大半で、お子さんがいる方は家の近くで空き店舗物件を探すことが多いですね。
はじめは下に店舗があって上に住まいがあることを”商い暮らし”と定義していましたが、さまざなな声を聞いているうちに、家の近くに店舗を構え、その地域で商売をしながら暮らしていたら、それも”商い暮らし”だなと思うようになりました」
ここで、実際に”商い暮らし”をしている人たちを紹介しよう。
1組目は、自宅の1階で「カナバカリズ建築設計事務所」(埼玉県戸田市)を経営する下田さん・正木さんご夫妻。
建築会社(サンクジャパン株式会社)の本社事務所だった建物にユニットバスを新設するなどして改装して貸しに出していたところ、夫妻が物件とオーナーの魅力に惹かれて入居を決断。
二人とも、通勤していた時よりも自分の時間が増え、自由に仕事の時間を設定できるところにも魅力を感じている。
夫の下田さんは、商い暮らしならではのこんな楽しみ方も見出したようだ。
「1階の仕事場の道路に面する窓に、ショーウィンドウのように建築模型や趣味の植物を並べているのですが、朝の通勤時間や昼過ぎの下校時間、夕方の帰宅時間などに、いろいろな層の人が通りすがりに見て行ったり感想をつぶやいたりする様子が、毎日楽しみなんです」。妻の正木さんも、「道路や歩道から中が見えるので、これまで以上に家をきれいにしなければならないのですが、通りすがりの方にも私たちの仕事に興味を持ってもらえるように、仕事関係のものをディスプレイして、逆にメリットになるように工夫しています」と続ける。
「コロナ禍前後での生活の変化も驚くほどありません。そういう意味では、さまざまな社会の変化に柔軟に対応できる生活であり、働き方のかたちかもしれません」(下田さん)
また、通常の賃貸物件を探すこととは「勝手が違ってくる」と二人は声をそろえる。
「自宅としてだけでなく仕事場としても使う上で、オーナーや仲介の方と、何かあったときに相談できる関係性をつくっておくのは大きな安心になります。実際に会って話す機会を大切に」と正木さん。
下田さんは「最低限必要な広さや賃料、エリアなどの条件もきちんと整理を。とはいえ、条件に多少合わない物件でも『キッチンが素敵』『土間の感じが気に入った』『この間取りはこう使えるかも』などの魅力が見つかる場合があります。僕たちも当初は東京都内で探していたのに、この物件に決めましたから」と教えてくれた。
2組目は、実家の庭の一角にある古い小屋を改装し、カフェとレンタルスペース「YOICHI(ヨイチ)」(東京都大田区)を始めた主婦の吉澤さん。
リノベーションを小薬さんに相談し、吉澤さん自身も塗装をしたり、知人のアーティストが絵を描いたりと、自分たちでも多くのDIYをしてつくりあげた。現在、金・土曜は料理が得意な吉澤さんがカフェとしてランチやドリンクを提供し、その他の曜日はレンタル古民家&キッチンとして貸し出す。日曜にはマルシェなども開催。
「祖母の持ち物だった、この築70年近い木造の平屋は、ずっと物置として使われていました。住居として使用できる状態ではありませんでしたが、取り壊すのはもったいない、自分の新たな人生にも繋がるのではという想いから改築を決めました。父も『壊す前に何かチャレンジしたら』と背中を押してくれました」(吉澤さん)
現在は自転車で通っているが、いつかは庭を挟んだ母屋に暮らすことを視野に入れている。
「実家の敷地内なので、いつか家族と同居した時、無理のない範囲でやりたいことを叶える場所にできればと、ゆるゆると実験的に始めました。時が来たら、自分が暮らす街を楽しめるように、よりアンテナを張ることもできるでしょう」
現在でも、地域とのつながりを日々感じている。
「狭い店内なので、いつの間にかお一人さま同士が会話をしていることがあります。みなさん、家に遊びに来たお友達のような感覚になるのか、心の壁が取り払われるようです。
またこのコロナ禍では、休まずお店を開けていたことで、お客さまから『久々に人と話せた』などと言ってもらって、皆さんの息抜きの場所をつくることができたとうれしく思いました。昨年末からは、このエリアに関する情報を書き込む『大鳥居情報交換ノート』を始めました。まだまだひよっこですが、地域を育て、地域に育てられていけたらと考えています」
「“商い暮らし”をするみなさんには、多くのドラマが生まれています。暮らしの中に商いがプラスされることで、会話ややりとりが生まれ、居場所が確立するものです」とにこやかに話す小薬さん。紹介する側としても、借主と密なやり取りが派生しやすく、また、お互いに共感しやすいため、末永いお付き合いになりやすいのだという。
「賃貸アパートやマンションに住んでいても、街とのつながりがなく、挨拶をする人もいないというケースは多いと思います。都会であればなおさら、商い暮らしでご近所との繋がりを変えることができるはずです」
また小薬さんは、「一気に何かを変えるのは難しくても、副業のように、週1度だけやりたいことにトライするライフスタイルは、アリなのでは」と提案する。
「借金と脱サラをして、いきなり知らない土地でお店を始めるのは少し怖い。一歩手前で商い暮らしを試し、商売や地域のことを知るのもいいでしょう。ファンをつくってから本格始動することもできますから。その間、時間貸しや曜日貸しなどの多様な物件を用意して、グラデーションを埋める場を提供するのが、我々の仕事なのではないかと感じます」
小薬さん自身も、今年8月に「商い暮らし不動産」の事務所の移転を予定。大田区東雪谷から池上の店舗付き物件へと移る。
「これまでも店舗付き物件の2階を事務所にして、1階を『いろは堂』というレンタルカフェを運営していました。次は、2階を事務所として1階はシェアキッチンに。菓子製造業の許可を取得し、曜日極めで7人に貸し出して、自分たちを入れた8チームで運営します。副業をしたい方や、空き時間だけ働きたい主婦・主夫の方など、みんなが共有できるスペースをつくりたいと思います」
自分にできることで収入を得て、住む地域に貢献する。そして、毎日挨拶する人が増えていく。「商い暮らし」のスタイルがある街は面白くなりそうだ。
子どものころ、自宅が喫茶店などで「商い暮らし」だった同級生に憧れたのは、地域と関わりながら働く、その子の親が眩しかったからかも。子どもがいる家庭なら、仕事をする大人の姿を見せられる場でもある。
私が貸しスペースを借りられるなら、週末に子ども向けの作文教室を開きたいな……。夢が膨らむ。
「働く」と「暮らす」を繋ぐ商い暮らしは、一周回って今、新しい可能性を秘めている。
●取材協力
・商い暮らし
・カナバカリズ建築設計事務所
・YOICHI(ヨイチ)
この記事のライター
SUUMO
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『SUUMOジャーナル』は、魅力的な街、進化する住宅、多様化する暮らし方、生活の創意工夫、ほしい暮らしを手に入れた人々の話、それらを実現するためのノウハウ・お金の最新事情など。住まいと暮らしの“いま”と“これから= 未来にある普通のもの”の情報をぎっしり詰め込んで、皆さんにひとつでも多くの、選択肢をお伝えしたいと思っています。
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