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「初めはたった3%の回収率だった」日本全国の出産施設情報が検索できる厚労省の『出産なび』が誕生するまでのストーリー

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目次

妊娠期から子育て期の困りごとに対し、「あってよかった!」という商品・サービスを取り上げて紹介する連載『神商品&サービスの開発秘話』。今回は、厚生労働省が運用する出産施設検索サイト『出産なび』をピックアップ。サービスの誕生から妥協なきこだわりまでを教えてもらいました。

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今回取り上げるサービス:出産なび

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出産なび全国の分娩を取り扱う施設(病院・診療所・助産所)の特色・サービスや費用についての情報提供を行う厚生労働省運営のウェブサイト。全国の分娩を取り扱うほぼすべて(約2,000件)の施設についての、所在地、外来受付時間、医師数、年間分娩件数といった基礎情報に加え、助産ケアや付帯サービスの実施有無、分娩にかかる費用の目安などの詳細情報を施設ごとに掲載。エリアや詳細条件を指定して検索し、ニーズにあった施設を探すことができる。

お話をうかがったのは……

厚生労働省 保険局保険課 課長補佐柴田直慧さん

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厚生労働省で医療やくらしの安心を守る仕事に12年間携わる中で、地域に暮らす方々の日々の困りごとを政策として解決する方法を模索する。アメリカ・ハーバード大学院への留学を経て、現在は現役世代が加入する健康保険制度の運営や、妊産婦の経済的負担の軽減などに取り組む

妊婦さんの希望にあった出産施設選びをサポートしたい

ーー『出産なび』誕生のきっかけを教えてください。

柴田直慧さん(以下、柴田)国をあげて妊婦さんに対するさまざまな支援を進めるなかで、「妊婦さんの経済的な負担の軽減」は最も取り組まなければならないテーマです。そのため、公的医療保険から支給される「出産育児一時金」の支給額を、2023年4月1日から原則42万円から50万円に増額しました。支給額の増額は約13年ぶりのことでした。一方で、単にお金をたくさん給付することだけが“負担軽減の支援”ではないのでは、とも考えていました。妊婦さんにはお一人おひとりに異なるニーズがあり、それぞれのニーズにあった出産を選べるようにすべきではないか、という問題意識があったからです。「サービスはベーシックでいいから、出産費用を抑えたい」という方もいれば、「人生の記念すべきイベントとしてサービスを充実させたい」、「出産に伴うリスクを考えて、なるべく医療体制の整った施設で産みたい」という方もいらっしゃいます。

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ーー確かに妊婦さんのニーズはさまざまです。そうした多様な声を、どのように知りましたか?

柴田この仕事を担当することになって、業務としてはもちろん、プライベートの時間も使って、多くの妊婦さんや、お子さんを持つご家庭の方にお話をうかがってきました。そうして幅広い方々に接する過程で、子育て世代の具体的なニーズが見えてきました。同時に、出産施設の情報発信が一律でないことも大きな課題として浮き彫りになりました。選択できるサービスにどれくらいのコストがかかり、最終的な出産費用はどれくらいなのか。施設によってはこうした情報がわかりやすく公表されておらず、退院するまで費用が分からないケースもありました。そうした現状を目の当たりにして、一時金の支給額増額に加え、「妊婦さんが希望にあった出産施設を選べるようサポートしていくことが急務ではないか」と考えたのです。

ーープロジェクトを進める中で、どのようなことを大切にされたのでしょうか。

柴田僕たちが仕事をする根底には、常に「妊婦さんたちの役に立ちたい」という気持ちがありますが、どうしても役所のような大きな組織になると、その中で働く職員の顔が見えず、組織の陰に隠れてしまいます。そうした状況で、妊婦さんのニーズにあわない一方的な支援策を講じても「そうじゃないんだよ」と思われてしまいますし、妊婦さんからしても、自分たちにとってとても重要なことが、全く知らないところで勝手に決まってしまっているという気持ちがあると思います。

そういったすれ違いの一つひとつが、国に対する不信感や将来に対する諦めにつながってしまっていることを懸念しています。僕自身もそういう世代のひとりとして共感できるところがありますし、だからこそ、「厚生労働省の内側には、妊婦さんたちに真剣に寄り添いたいと考える同世代の人間がいるんです」ということをなんとか伝えて、子育て世代のみなさんに少しでも未来に希望を持ってもらいたいと思いました。

ーー大きな組織からの一方的な発信になることを避けたかったんですね。

柴田そうですね。『出産なび』という名称は一般公募から決定しましたが、これも、みなさんと一緒に考えながら形にすることを大切にしました。公募に対して全国から105件の案をいただき、厚生労働省内で結成した「妊産婦支援サポーター」に選考をお願いしました。

全国の出産施設約2,000件を正確に掲載できた理由

ーー「妊産婦支援サポーター」とは?

柴田部署内の担当者だけではなく、多様なメンバーで意見を出し合いながら良いサービスを作っていきたいと思って、自分の発案で協力者を厚生労働省内で募ったんです。こういう取り組みは省内では初めてのことだったようですが、縦割りになりがちな組織のなかで壁を取っ払いながら仕事を進めるというやり方にチャレンジしたいと思い、実験的に実施しました。

ーー省内からは、どんな人たちが、どのくらい集まりましたか?

柴田100人近いメンバーが集まりました。子育て世代の当事者だけでなく、子育てを終えた世代だけれど力になりたいという職員もいました。

ーー有志で、業務外なんですよね。関心の高さがうかがえます。

柴田世に出す前のテストとして、このサイトを見たときの率直な意見を求め、ニーズに応えられているかを確認していきました。その後、ローンチ前に国民のみなさまから広くご意見を聴いたのですが、いただいた声はとても貴重で、すぐに可能なものから順次、サイトに反映していきました。

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出産なびで「詳細条件」を選ぶと、詳細な項目がズラリと並ぶ。「それぞれの出産施設は、医療安全や満足度向上のために特色ある多様なサービスを展開していますが、こうして検索条件をチェックすると、ご自身のニーズにあった施設を簡単に探すことができます」(柴田さん)

ーーローンチは2024年5月30日ですが、現時点(取材日は11月22日)で掲載施設はどれくらいですか?

柴田全体で2,075施設です。掲載対象となる基準として、「年間の分娩件数が21件以上」としていますが、この規模の施設はほぼ100%掲載しています。施設側から希望があれば20件以下の小規模施設も載せているので、それを合わせるとほとんどの日本の出産施設はカバーされています。

ーー100%! そこまでたどり着くのに、大変なこともあったかと思います。

柴田そうですね。最初に全国の施設に調査票を送付して掲載をお願いしたときは、とても反応が薄かったんです。臨床現場の産婦人科の医師でなければ分からない情報も調査に含まれていたので、回答を埋めるのが大変だったと思います。調査そのものに対しても、「忙しくて対応できない」「なぜ対応しなければいけないのか」といった声もいただきました。

厚生労働省だからこそできた「出産費用」の算出

ーー反応が薄かった時期を経て、掲載率ほぼ100%になる過程で、流れが変わった瞬間があったのでしょうか。

柴田最初しばらくは回収率が3%程度でヒヤヒヤでした。行政として取り組む意義のひとつは、全国の情報をカバーする網羅性にあると思っていましたから、なんとかしなければならないと。単に調査票を送るだけだとご協力が得られないので、関係団体のご協力もいただきながら、1件1件、丁寧にご説明をしていきました。

ーー1件1件、全国の出産施設にですか? 草の根だったんですね。

柴田団体から呼びかけていただいた効果も大きかったと思います。そうした取り組みを続けるうちに、熱意を感じていただけたのか、協力してくれる施設が増え、掲載数が増えることで「じゃあうちもやろう」という流れができていったのかなと思います。施設の方々のご協力に感謝しています。

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ーーとても根気と労力のいる作業だったことがわかりました。こういった情報サイト、民間でもありそうですが意外となかったんですね。

柴田そうですね。ここまで網羅するのは難しいと思います。なによりも、厚生労働省でなければ知り得ないデータが載っていることが既存サイトとの違いですね。

ーー『出産なび』でしか知り得ないデータ、とは?

柴田費用についてです。妊婦さんにとってはもっとも知りたいデータのひとつだと思いますが、施設側は必ずしも公表しているわけではないので、そういった施設の場合は個別で調べたとしてもなかなか情報が出てこないんです。

ーー個々の公式サイトに書かれている「料金表」とはちがうんですか?

柴田そうですね。公式サイトの「料金表」をそのまま載せるのではなく、実際にその施設で行われた出産の請求金額に基づいて厚生労働省が集計したデータを掲載しているんです。これが『出産なび』の大きなポイントのひとつであり、行政だからこそできたことだと思います。

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各施設に書かれている「費用の目安」は、2023年10月から2024年3月の実績請求額をもとに算出している。「金額に開きがあるのは、妊婦さんの状況により分娩のやり方と、それにともない費用も変わるからです」(柴田さん)

柴田それに、各施設の公式サイトは情報量が多い場合もあれば、ほとんど情報がない場合もあります。施設によってサイトの構成に違いがあり、どこに何が掲載されているのかぱっとわからないことも多いので、調べて比較するのが手間だという声もいただいていました。『出産なび』は、各施設の情報が同じフォーマットで掲載されているというのも、ポイントのひとつです。ここである程度施設の候補を絞り、あとは各施設の公式サイトをチェックしていただくという使い方ができると思います。

ーーローンチ後、SNSを中心に「これくらいの情報は自分で調べられる」などの批判があったようですが、費用の実績データはさすがに自分では調べられません。ほかにも、反響の賛否について聞きたいです。

柴田ローンチにあわせて記者発表会を行い、PR大使を務めていただいた冨樫真凜さん、助産師で性教育YouTuberのシオリーヌさん、産婦人科医の稲葉可奈子先生に登壇していただき、その様子をさまざまなメディアで取り扱っていただきました。

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記者会見会場にて。左から柴田さん、冨樫真凜さん、シオリーヌさん、稲葉可奈子先生(写真提供:厚生労働省)

批判の一方で、「あってよかった」というユーザーの声も

柴田報道などで知った方々にSNSで拡散していただき、その過程で「自分でウェブ検索すれば調べられるじゃないか」という声や、「いま妊婦さんが求めているのはこれじゃない」「ピントがずれている」という厳しい声もいただきました。

ーーそうした批判をどのように受け止めましたか?

柴田とても重要なご意見だと思いましたし、子育て世代の抱える経済的負担はここまで大きいのかと、その深刻さ、切実さをあらためて感じさせられました。事業経費についての誤解もあったようで、その点は残念でしたが、妊婦さんに負担軽減を実感していただけるような総合的な対策が必要だという想いを新たにしました。(注:令和5年度の運営予算は約3,000万円)

ーー「作ってよかった」と感じるような声は届ましたか?

柴田はい! そちらも多くの声をいただきました。「私の出産のときにほしかったです」というママの声は、とても励みになりましたね。ほかには、産婦人科の先生や助産所の助産師さんからも「このサイトは使える」と言っていただきました。たとえば、「妊婦健診中、一緒に『出産なび』を見ながら、里帰り出産を希望する妊婦さんと地元の出産施設を検討できる」という話を聞き、そんな使い方もあるのかと驚きました。

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※イメージ

ーーそういった声をもとに、今後も随時アップデートしていくのでしょうか。

柴田そうですね。妊婦さんの安心につながるツールのひとつとして、『出産なび』を充実させていきたいと思っています。追加すべき情報や機能は、みなさまのニーズを聞きながら随時検討していくので、『出産なび』サイト内のアンケートフォームから忌憚のないご意見をいただけたらと思います。

ーー出産に対する公的支援の強化には期待が大きいです。最後に、今後の展望を教えてください。

柴田出産育児一時金の支給額を50万円に増額しましたが、その後も出産費用は増え続けていて、地域によっては産むだけで何十万もかかってしまう状況です。『出産なび』を通じて妊婦さんが施設を選べる環境を作るだけでなく、やはり費用そのものについて、妊婦さんの負担を軽減していくことが必要です。また、出産だけでなく、妊婦健診や産後ケアにも負担感があると思います。安心して妊娠・出産できる医療体制を維持しつつ、妊娠から産後までを通じてなるべく妊婦さんの自己負担を下げていくために、どのような政策が考えられるか、現在、具体的な議論を続けています。少しでも早く妊産婦さんたちに支援を届けられるよう、取り組んでいきたいと思います。

ココがポイント!パパ・ママたちに支持されるヒミツ

Point1: 日本全国の主な出産施設を網羅

出産施設(年間の分娩件数が21件以上)の掲載率はローンチ直後ですでに96%でしたが、それから半年ほどでほぼ100%に。それ以外に小規模施設の情報も載っており、厚生労働省と関係団体が協力して取り組んだからこそのカバー率です。

Point2: 実際の分娩費用を掲載

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※イメージ

『出産なび』に掲載されている「分娩にかかる費用の総額」は、各施設の料金表をそのまま記載しているのではなく、実績の請求額をもとに算出している費用。ユーザーが自分で調べて導き出せる数字ではなく、厚生労働省だからこそ算出できた貴重な情報です。

Point3: エリアや条件で検索できて、自分にあう施設を探すことができる

「都道府県」「市町村」は地図上でも検索することができ、さらに詳細な条件には「医療施設の設備」「出産後の健診」「授乳支援」「産後ケア」「立ち会い出産の有無」といった項目が並び、条件を絞り込むことで自分にあった施設を探すことができます。

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検索結果は地図でも確認できる

掲載情報は定期的に更新されており、信頼できる情報源といえるのではないでしょうか。

まとめ

妊婦さんが、より安心して出産できる環境を作ることを目的とした、出産施設検索サイト『出産なび』。ただでさえ妊娠・出産には多くの不安がつきまとうからこそ、「正しい情報を手軽に収集してほしい」と誕生したサービスでした。柴田さんは取材の終わりに、「今後『出産なび』が妊娠・出産に関して信頼できる情報源となり、社会インフラの役割を担うようになれば」と、語ってくれました。

出産なび/厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/stf/birth-navi/index.html

(取材・文:有山千春、撮影:松野葉子、取材協力:厚生労働省、編集:マイナビ子育て編集部)


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