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楽しみながら学ぶことを目的とした「エデュテインメント(エデュテイメント)」。「エデュケーション(教育)」と「エンターテインメント(遊び)」を組み合わせた新しい教育です。
人気ゲーム「マインクラフト」を授業に活用するなど、エデュテイメントを積極的に授業に取り入れてきた第一人者・立命館小学校教諭の正頭英和先生。2019年には教育界のノーベル賞、「グローバル・ティーチャー賞」の世界TOP10に選出されました。
エデュテイメントを通して多様な体験に触れることで、子どもたちの可能性はどんどん伸びていく? 令和の時代に必要な教育とは何なのかーー全2回でお送りするインタビューの2回目です。
「一番重要なのは、親が笑っていることです」
——コロナ禍で学校教育はデジタル化が一気に進んだように思います。一人1台、タブレットが支給されたことは教育現場において革命だったように思います。
正頭新型コロナウイルスの蔓延は、明らかに日本の教育がぐっと変わった契機になりました。保護者のマインドも変わったので、タブレットなど新しいツールを教材として否定せずにうまく活用できていければいいと思います。
——しかし、自分たちの時代とは違った新しい教育方針や教材がどんどん出てくるので戸惑う保護者も少なくないるかと思います。
正頭学校の授業でタブレットを使用することに違和感がなくても、家庭で子どもが使用することに難色を示す人はいるかもしれません。あるいは、子どもにタブレットを渡して自分が仕事や家事をしているときに、罪悪感を覚えるという声も聞きます。でも、そんなことを感じる必要はありません。教育において一番重要なことは親が笑っていることだからです。しかし、教育熱心な親ほど怒っています。その理由は時間に余裕がないからです。そんなときは子どもに教材用のタブレットを渡し、その時間に仕事でも家事でも、自分のやりたいことでもすればいいのです。その時間が終ったあとは笑顔で「どんなことしてたの?」と話しかければ問題ありません。子どもにべったりと付き添っている必要はないのです。家庭でももっとタブレットなどの教材を使うことが推奨されるべきだと思います。
――「どんなことしてたの?」と聞けば、子どもは興味を持って調べたことを親にも話して教えてくれますよね。
正頭そうですね。ただ、親側の「聞き方」にもポイントはあると思っていて。たとえば、昆虫が好きなお子さんが、夏休みにカブトムシについて「調べる・作る・試す」を実践し、ノートにまとめたとします。「お母さん(お父さん)、見て、見て!」と、そのノートを差し出されたとき、どんな反応をしますか?多くの保護者は「カブトムシについてよくまとめたね。すごいじゃない」と、カブトムシを調べた我が子の行動を褒めると思います。実はこの声がけは大きな間違いで、これでは子どもの気持ちには寄り添えていません。
――えっ、どうしてですか。確かに親は、子どもをとにかく誉めようとしてしまいがちかもしれませんが……どこがいけないのでしょう?
正頭純粋に誉めてほしいというお子さんも中にはいますが、この場合、褒めるべき相手は子どもではなく、カブトムシなのです。
――カブトムシを褒めるのですか?
正頭子どもの心情としては、「ぼくが大好きなカブトムシをお母さん(お父さん)も一緒に好きになって」なのです。さらに言うと、興味を持ってほしいのは「ぼく」ではなく、「カブトムシ」なんです。ですから、「上手にまとめたね」、「字がキレイになったじゃない」という声かけではなく、「カブトムシってこんなにも種類が豊富なの?」「カブトムシって面白いね」という言葉が欲しいのです。その子が好きなものに興味を示してあげてください。そして、一緒に好きになってあげてください。
「親が子どもの頃に教わったやり方を、我が子に教えないでください」
——いまの小学生・中学生の親は30代~50代の方が多いと思います。親世代が令和の子どもたちに対して、やらないほうがいいことはなんですか?
正頭たとえば子どもに「この英単語が覚えられない」と言われたとき、「お母さんが子どものころはノートに100回書いて覚えたよ」、「お父さんは音読を繰り返したな」などと、ご自身がやってきた学習法を子どもに話してはいませんか?たしかにそれでも覚えられます。しかし、いまはもっと効率的に覚える方法であふれています。ここでお伝えしたいことは、「自分が子どものころに教わったように我が子に教えない」ということです。これはエデュテイメントにも繋がりますが、エデュテイメントはまさに親世代がやったことのない教育です。多忙な保護者にとって、いろんな学習法が増えていることにアンテナを張り巡らせることは難しいかと思いますが、昔とは違うのだということだけは意識しておいてください。
——どうしても自分の成功体験を子どもに共有したくなる親は多いと思います。そもそも昔と今ではテストひとつとっても変わってきていますね。
正頭昔は暗記や計算がメインでしたが、いまは論理的な思考力も問われる時代になりましたよね。
——親のみならず、いまの日本の教育現場において「これはやめたほうがいいのではないか」と懸念していることはありますか?
正頭気になっていることはあります。それは「褒め方」です。たとえば「明日は漢字テストをします。ノートに漢字を10回ずつ書いてきましょう」という宿題を出したとします。Aさんは10回書いてきました。しかし、Bさんは12回書きました。テストの点は2人とも同じでしたが、先生は「余分に2回も書いてえらいね」とBさんを褒めました。褒められたことが嬉しかったBさんは次の宿題では15回ずつ書き、また褒められました――。しかし、社会に出るとこの法則は逆転します。かつては残業時間が評価の対象になったかもしれませんが、これからの時代に「残業2時間もしてえらいね」とはなりません。定時に仕事を終わらせられないことは、逆にマイナス評価です。
——子どものころの成功体験が、大人になった自分を苦しめるということですね。
正頭努力を褒めることはもちろん大事です。しかし本来、少ない回数でその漢字を覚えたことのほうが賞賛されるべきではないでしょうか。余計にやったことを褒めてしまうと子どもは勘違いしてしまいます。この場合は、「次は8回で覚えられるかな」という声かけをしてあげてください。前よりも回数が減ったので、1回1回を無駄にはできませんから、子どもなりに「どうしたら8回で覚えれられるか」と工夫をするようになります。
——効率的な時間の使い方を考えるようになりそうですね。
正頭子どものうちから時間のコントロール術を学んでおくことは、とても大事なことです。それに、僕たち大人が「努力とは、短時間でよりよい成果を出すこと」ということに焦点をあてて教育してあげれば将来、日本の残業時間は大幅に減るかもしれません。
「失敗を繰り返して成功に結び付けることが大事なんです」
——子どものときに多様な体験をして興味関心の幅を広げることは、やはり意味があるのですね。
正頭さらに言えば、僕は興味関心を持ったことを「失敗しながらもやりきる体験」を繰り返していくことが重要だと思っています。自分が興味関心を持ったものを突き詰め、失敗し、そして完成させるというプロセスを、高校生までのうちに三度ほど繰り返したら、社会に出たときに折れないのではと考えています。なぜなら、試行錯誤の末に成功体験を味わっているので「“あれ”がダメなら“これ”でやってみよう」と発想の転換ができるからです。失敗を繰り返しながらも成功に向かっていくと、アクシデントにも柔軟に対応できるスキルが自然と身に付いていきます。
——「調べる・作る・試す」の繰り返しが、将来の自分を助けることに繋がるかもしれないのですね。
正頭まさにその役割を担うのが、エデュテイメントだと思っています。エデュテイメントはあくまでも興味関心の入口に過ぎませんが、だからこそ子どもたちにはたくさんの体験をして、自分なりの「好き」を見つけてほしいのです。
——小学校高学年の時点でもう「自分はこういう人間だ」と決めつけてしまって、興味関心の幅を広げられないお子さんも増えていると聞きます。
正頭高学年になると鏡を見る時間が増えますよね。英語には一人称、二人称、三人称とありますが、小さい子どもは「僕ね」「私ね」と一人称だけです。小学校2年生くらいから「あなた」つまり二人称も加わってきます。そして高学年では「彼」「彼女」といった三人称も意識しはじめ、周りが自分をどう見ているかということが気になってきます。すると、「こんな格好して私、笑われないかな……」「僕の髪型、変じゃないかな……」と、鏡を見る時間が増えていきます。最近ではSNSの影響も大きく、「私は陰キャだから」、「僕は〇〇だし」と、自分自身にハッシュダグをつけてマイナスの型にはめようとする傾向も見られます。
——そんな生徒の様子に気づいたら、先生はどんなふうに声かけするのでしょうか?
正頭たとえば、自分のことを“陰キャ”だと言い張る子がいたとき、僕は「なにも2択じゃないよ。その陰と陽の間にはいろんな色があるんだよ」と声をかけ、一方的なブランディングのクセから遠ざけようとします。でも、その子との信頼関係が築かれていなければ、この言葉に説得力は生まれません。教師として児童一人ひとりに向き合うことはもちろんですが、やはりご家族にも、お子さんが自分につけたハッシュタグを剥がすお手伝いをしてもらう必要があります。
——先生は普段から海外の先生とも交流しているそうですね。日本の学校にある給食や掃除当番などの風習は、海外の人にはどのように映っているのでしょうか。
正頭多くの国ではランチタイムの配膳は大人の仕事です。子どもだけで協力しながら準備をすすめることは稀です。掃除の場合も放課後、業者が入ったり先生がやったりと子どもたちで行う国は少ないです。ですから日本の「当番制」はじつは海外で注目されています。
——「なぜこんなことを子どもにやらせるのか」という批判の声もあると聞いたことがあります。
正頭たしかに10年以上前は反発されていました。しかし最近では、役割を持って当番の仕事をする体験によって「感謝の気持ちを持つことができる」「相手の気持ちを考えられる」など、メリットがあると評価されることが増えています。僕も教師として近くで子どもたちを見守っていますが、当番制による子どもの成長を感じることは多々あります。
——エデュテイメントのように新しい方法を取り入れ、古い価値観の教育方法からは脱却したうえで、昔から脈々と受け継がれている良い部分は残していけば、学校教育はより良いものに進化していけそうですね。
正頭そう期待したいですね。ただ、学校でできることには限界があるので、今後も家庭とうまく連携し、子どもたちによりよい教育を提供できたらいいなと思います。日本では昔からモンテッソーリ教育やシュタイナー教育など、海外の教育法も取り入れてきました。ですが今後は“メイド・イン・ジャパン”の教育を強化していきたいですね。そしていつか僕たち日本人の教師が作った教材を世界に発信し、勝負してみたいです。
立命館小学校教諭 / 学校法人立命館 起業事業化推進室教育プロデューサー1983年大阪府生まれ。関西外国語大学外国語学部卒業。関西大学大学院修了(外国語教育学修士)。京都市公立中学校、立命館中学校高等学校を経て現職。2019年に教育界のノーベル賞「グローバル・ティーチャー賞」トップ10に選出された。
ポッドキャスト「正頭先生の好きがミライを変える授業」
2019年、教育界のノーベル賞“グローバル・ティーチャー賞”トップ10を受賞した正頭英和が、みなさまの子育てや教育に関するリアルなお悩みについて、世界の教育事情やトレンド、教育現場での実体験等を織り交ぜながらお答えしていく番組です。自身の経験や固定概念に囚われ、子どもとデジタルとの適切な共存の仕方がわからない、子どもたちの興味が何なのか、またそれらをどのように成長させ未来に繋げていけば良いのか悩む保護者にとって、現代の子どもの教育・子育てにおける考え方を知ることができる“場”となるよう発信してまいります。現在も小学校で教鞭を取っている教師だからこそわかる、子どもとの向き合い方やニーズの変化、教育のHow Toなど、毎週木曜に今気になるテーマを掘り下げたトークを通じてお伝えしていきます。
(取材・文:安田ナナ、撮影:尾藤能暢)
この記事のライター
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