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歌手のジュディ・オング(76)がデビュー60周年を迎えた。14日には初のオールタイム・ベストアルバム「Diva60‐The Legend of Judy Ongg‐」をリリース。15日には東京・丸の内の東京国際フォーラム ホールAで歌手生活60周年記念コンサートを行う。女優と歌手の二刀流として歩んできた芸能生活を振り返りながら、ヒット曲「魅せられて」の秘話も告白。自身の哲学についても語った。(宮路 美穂)
人間の1日の平均歩数は約6000歩と言われる。1歩70センチと仮定すると、これを60年続けた場合、約10万キロ。地球を2・5周する距離となる。果てしない月日。それでもジュディは「デビューが昨日みたいです」と、きわめて自然体だ。「全然時間が過ぎたことが分かっていなかった。去年の10月、番組で『来年60周年ですね』って言われて気づいて、オフィスのみんなも大騒ぎになりました」と笑う。
歌手活動は60年だが、芸能活動としてのキャリアはもっと長い。9歳の頃、友人に誘われ「劇団ひまわり」の見学に行くと、ジュディだけが即合格となった。「いろんな言語をハキハキしゃべってたのが面白いと思ったんでしょうね」。父親は猛反対した。「座っていた席の順も忘れないですね。『NO!』というパパに、ママが『この子が初めて自己主張をしたことを生かしましょう』と説得してくれた」という。
少女時代は映画やCMで活躍したが、歌手への扉が開いたのは1966年の映画「青春ア・ゴーゴー」でエレキバンドのボーカル役を演じ、劇中歌で圧巻の歌唱を披露したのがきっかけ。連合国軍総司令部(GHQ)のラジオの番組制作をしていた父の影響で、いつでも家の中には音楽があった。「父は自分の部屋でジャズナンバーなんかを選曲しながら(台本を)作っていた。私は眠りにつきながら『この曲好きだな』って。ジャズは私のララバイ(子守唄)です」
デビュー後は女優と歌手の二刀流で進んだ。「17歳の時に受けたインタビューで『二兎を追う者は一兎をも得ず』って言われたんですけど『どうして?』って言ったのを覚えています。バーブラ・ストライサンドなんて大ヒット曲を持っている大女優。『関係ないじゃないですか。表現は楽しいもん』って言ったのが今日まで続いちゃってるんですよね」
生涯最大のヒット曲となる「魅せられて」は、日伊合作映画「エーゲ海に捧ぐ」のイメージソングだったため、制作側の意向で覆面歌手としてリリースした。「酒井(政利)ディレクターにお話が来て、酒井さんはすぐにジュディが合うと思ったけど、広告代理店としては名無しの人がよかった。だから酒井さんは『誰が歌ってるか分からないようにすればいいじゃない』と話が収まった」
ジュディは当時すでにキャリアを確立した歌手だったが、名を出さないことをすんなり受け入れた。「『それもありね』って。私は何でもOKなの(笑)。今でこそ、そういう戦略はありますけど…」。レコードショップに「誰が歌っているんだ」と問い合わせが殺到し、晴れて名が解禁。顔を出して歌った79年の「東京音楽祭」での地鳴りのような歓声は忘れられない。
なぜ「魅せられて」はここまで聴く人を「魅せる」のか。「よく聞かれるんですけど、私はいまだに一生懸命歌うしかないんです」と語る。「筒美京平さんと阿木燿子さんの素晴らしいコンビ。サビは信じられないような旋律ですよね。そして『好きな男の腕の中でも違う男の夢を見る』という歌詞。阿木さんは『しゃあしゃあと、知らん顔して歌えばいいのよ』と言ってくれましたね」
独特な衣装でも話題を集めた。エーゲ海をイメージしたギリシャ風のドレスには、ルーブル美術館にあるサモトラケのニケの羽を模した。後ろからライトで照らす演出は「偶然です。スクリーンドレスにして(衣装に)映す映像が間に合わなかった。後ろから光を当てたらセミみたいでキレイだった」
すべてのピースがはまったヒットだった「魅せられて」だが、裏には究極の選択があった。米のテレビドラマ「将軍 SHOGUN」のヒロイン・まり子役が内定していたが、曲が想定を超える広がりを見せていた。
「ずっと国際女優になりたいって言ってきた私の夢は?って悩みました。母に電話したら『あなたが自分で自分の人生を決めなさい』って。それで自分で歌にすると決めた。そう母に報告したら『2年後、歌を選んでよかったという自分になるために頑張りなさい』と言われました」
選択を正解にするために昼夜もなく努力し、時には過労で救急搬送されたことも。日本レコード大賞、紅白歌合戦の初出場を成就させた。もし「将軍―」を選んでいたら?と思うことはない。「選択にプライドを持ちなさい、振り返らない、というのが母の教え。今、『魅せられて』にリクエストが来るっていうことに誇りを持っています」
集大成となる60周年コンサート。「全部歌うと3日分ぐらいになる。涙を流しながら(曲数を)削りました。衣装はもう大変です。どうやって短時間で変われるか頭を悩ませています。見る人が楽しいものになれば」と語る。支えてくれたファンへの思いは尽きることがない。「歌に疲れてしまった時、ファンの方からお部屋に届いた一輪のバラや『あなたの歌で元気になりました』というメッセージに何度も救われてきました」。感謝とともに、生きてきた時代をともに共有する時間になりそうだ。
「振り返ってみると、すべてが楽しかった。嫌だと思ったら、同じぐらいいいことを考える。それが私の哲学。失敗しても、昨日の自分よりも今日の方が完成度が高いということ」。3歳の時に初めて聴いた「ケ・セラ・セラ」の精神が根底に流れている。60周年はただの通過点である。昨日より今日、今日より明日。ジュディは歩みを止めることはない。
◆ジュディ・オング 1950年1月24日、台湾生まれ。76歳。3歳で来日し、11歳で日米合作映画「大津波」で女優デビュー。66年5月「星と恋したい」で歌手デビュー。79年に「魅せられて」が200万枚のヒット。木版画家としても活躍する。47年ぶりに出演した昨年の台湾映画「陽だまりの歌が聴こえる(原題・陽光女子合唱團)」は台湾映画史上1位のヒットを記録し、来年1月に日本公開予定。今月15日には母との記憶をつづったメッセージブック「ジュディ&マミー」を発売する。
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スポーツ報知
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