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さんきゅう倉田です。東京大学の3年生です。
東京大学の合格者はほとんどが東京近郊に在住で、ほとんどが中高一貫校出身である。このような偏りは特定の地域に住む人やSAPIXに通えない家庭の子供が東大受験に向いていないと思わせる。実際、教育熱心な家庭の子どもの学力が伸びるのは当然で、居住地に良い塾がなければ引っ越す家庭もある。
東大には地方出身者がたくさんいる。ただ中高一貫校出身でない学生は、日比谷や翠嵐を除くと少ない。筆者の周りには一人もいないかもしれない。相模原中等教育学校出身の東大生Aくんが塾に入ったのは小学5年生の秋で、彼の子ども時代について前編では紹介したが、地元の公立中に通い35歳で東大合格した筆者の子ども時代についてお話します。
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▶公立中で過ごした筆者の場合
筆者の高校では、授業中にジャンプを読んで怒られたり、お弁当を食べて怒られたり、持ち込み禁止の携帯電話を持ってきて出会い系サイトに書き込んだりする生徒はいたが、内職をする者などいなかった。いなかったから、そのような概念と言葉すらなかった。“内職”とは家庭の事情で家から出られない人のための労働を指す言葉だった。
筆者は誰にも相談しない子供だった。東大では友人や先生に相談し、議論することで理解が深まり、知識が増える。この素晴らしさを多くの学生が認識しているから、中学ないしは高校の頃から相談や議論は当然のように行われていたかもしれない。
だが、自分は違う。小学校や中学校で誰かと喧嘩しても、大切にした物がなくなっても、先生から不当な扱いを受けても、親には言わなかった。校内で金銭を要求されるようなトラブルがあっても先生に言うこともなかったし、友人に相談することもなかった。
“相談“。この言葉を筆者が認知したのはいつだろうか。
そういう選択が存在することも知らなかった。しかし、たとえ相談したとしても、解決しなかったように思う。筆者にとって大人はそれだけ頼りない存在だった。そういう意味では筆者は孤独だった。誰かと話すことで知識を増やし、理解を深めることをせず、ただひたすらに漫画を読み、自分一人で考えることで、明快な思考を獲得したのかもしれない。
▶東大に入って変わったこと
東大に入ると自分一人では解決できない学術的な問題にぶつかることが頻繁にあるし、友人と相談しあって宿題を提出することを推奨する授業もあるくらい、連帯と協働の機会がある。それが自分や友人の学びを加速させ、成果を向上させるとはっきりと分かる。
しかし、子どもの頃には分からなかった。誰も教えてくれなかった。友人はたくさんいたが、学びにおいて助け合う機会などなかった。
非常に残念である。もっと協働していたら、早くから学力がのびたかもしれない。みなさんのお子さんにはそうあってほしい。
■編集部より
東大生について知りたいこと、そのほかお子さんの塾や勉強にまつわるお悩み相談など、さんきゅう倉田さんへ聞いてみたいことをぜひ教えてください!

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この記事のライター
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